経営と現場のギャップを埋めたい人事のための教科書
Vol.1 エンゲージメント向上が進まない本当の理由――経営と現場、2つの世界

更新日 2026.03.242026.03.24コラム

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人手不足、早期離職、エンゲージメント低下――。
人事として日々向き合うテーマは年々重くなっています。
経営からは「人材が競争力の源泉だ」「人的投資を強化せよ」と期待をかけられる一方、現場からは「これ以上、何を頑張れというのか」「正直、それどころじゃない」という疲弊した声が上がる。
どちらも正論で、どちらも切実。それなのに、話がかみ合わない。これでは一向に組織が良くなる気がしません。
経営と現場の間に立つ人事は、どのようにこのギャップを埋めていけばよいのでしょうか?
本シリーズでは、GPTW Japanの組織コンサルタントとして多くの企業の組織変革を支援してきた三輪 慶さんが、様々な角度からこの大きな問いに答えていきます。

「時間軸」と「目的関数」の二重のズレが生む「やらされ仕事」

Q. 近年、働きがい向上やエンゲージメント施策に取り組む企業は本当に増えましたよね。しかし、同時に、「手は打っているのに、手ごたえがない」「現場の不満が減っている感じがしない」という課題も聞かれます。これは何が起きているのでしょうか。

そのエンゲージメント施策が、現場では「やらされ仕事」としか受け止められていない可能性があります。つまり、経営と現場にギャップがあるのです。

まず前提として押さえておきたいのは、経営と現場では、同じ会社にいても見ている世界がかなり違うということです。これは良い・悪いの話ではなく、役割上どうしてもそうなる構造なんですね。

しかし、このギャップの正体が整理されないまま施策が進むと、経営側では「必要な取り組みをちゃんと進めている」という認識になる一方、現場側では「また新しいことが降ってきた」という受け止め方になりやすい。結果として、取り組み自体は増えているのに、組織としての前進感が生まれない、という状態が起きてしまいます。

Q. 「経営と現場のギャップ」の正体。その正体をあえて一言で表すと、どんなズレでしょうか。

一言で言うなら、「時間軸」と「目的関数」の二重のズレです。

まず時間軸。

経営は常に3年後、5年後の未来を見て、「今やらなければ間に合わない」という感覚で施策を考えています。

一方、現場の時間軸はもっと短い。今日の締切、明日の顧客対応、今期の目標達成。目の前の仕事をどうやって回すかが、最優先事項になります。この時間感覚の違いだけでも、会話はすれ違いやすくなります。

そして、より本質的なのが目的関数のズレです。

経営にとってエンゲージメントは、最終的には離職率の低下、採用競争力の向上、コスト削減、業績改善といった“数値的な成果”につながるものです。途中にいくつものステップはありますが、最終ゴールはかなり明確です。

一方、現場の目的関数はまったく違います。今日の顧客を満足させること、チームで協力して納期を守ること、トラブルを起こさず業務を回すこと。そこには手触りのある達成感があります。経営からすると「数字が改善すれば成功」でも、現場からするとその数字は手触りに乏しく、実感に結びつかないのです。

Q.こうしたギャップが起こりやすい企業の特徴はあるのでしょうか?

どんな企業でも起こりえる問題ですが、規模が大きい企業ほどぶつかりやすい壁ではあると思います。階層が増えることで必然的に経営と現場の距離は遠くなりますので。

もうひとつ私が思うのは、製造業など、自分たちが作っているプロダクトへの誇りが強い組織です。そうした会社では、「いいものを作るために、日々の仕事を丁寧にやること」自体が価値の中心になりがちです。すると、組織風土や働きがいがプロダクトの質につながる、という因果関係が実感として結びつきにくい

経営が語る“組織づくり”と、現場が感じている“良い仕事”がつながっていないので、施策が「自分たちの仕事の延長線上」に見えず、外から降ってきたものとして受け止められてしまう。

ここで強調したいのは、誰かが間違っているわけではない、ということです。悪者はいない。ただ、前提が違うまま議論していることが問題なんです。

施策はこうして形骸化する――人事が知っておくべき5つの段階

Q. 経営と現場のギャップが放置されると、組織の中では何が起きるのでしょうか。


端的に言えば「施策の形骸化」を招きます。この形骸化は、段階的なプロセスを経て次第に進行していきます。大きく5つの段階があります。

【第1段階:意味の不在】

施策が始まった当初、現場は「なぜこれをやるのか」を理解していません。でも「会社が決めたことだから」と従います。この時点では、まだ協力的です。

【第2段階:負荷の蓄積】

通常業務に加えて、エンゲージメントサーベイ回答、1on1実施、ワークショップ参加...と「やること」が増えていきます。現場マネジャーは部下に説明を求められますが、自分も腹落ちしていないため、「とにかくやってくれ」としか言えない。

【第3段階:学習性無力感】

エンゲージメントサーベイの結果が共有されますが、「スコアが0.3ポイント上がりました」といった抽象的なフィードバックのみ。現場の実感とは結びつかない。
すると現場は学習します。「これは"やったことにする"ための儀式だ」と。

【第4段階:防衛的適応】

ここから現場は賢く立ち回り始めます。
・エンゲージメントサーベイには「中間の点数」をつける(極端な回答は面倒を招くから)
1on1は「形式的に30分確保」する(深い話はしない)
・研修には出席するが、「業務に影響しない程度に」参加する
組織としては「実施率100%」と報告されますが、中身が空っぽの状態に近づいていきます。

【第5段階:制度の固定化】

最も危険なのがこの段階です。施策が「やらなくてもいいが、やめることもできない」制度として組織に埋め込まれてしまいます。
誰も効果を信じていないのに、「去年もやったから」「他社もやっているから」という理由で継続される。これが完全に施策が形骸化している状態です。

Q. この5段階のうち、どの段階ならまだリカバリーがきくものですか?

45の段階に入っていると、そこから形骸化を防いでいくことはかなり難しいフェーズと言えます。施策の調整というより、根本からの立て直しが必要です。

ベストは、もちろん第1段階時点からしっかり意味を明確化しておくことですが、第3段階の時点であればリカバリーすることは可能です。サーベイ結果を基に振り返り、意味を再定義するチャンスがあります。

しかし、そもそもこの兆候に気づかずに進んでしまっているケースも少なくないと感じます。

Q. なかなか内部目線では気付きづらいものなんですね。形骸化が進んでしまっている場合には、どのような兆候が見られるのでしょうか?

例えば、当社が提供しているエンゲージメントサーベイを複数年に渡って実施しているが、スコアがずっと横ばい。でも経営としては多くの手を打っている感覚があるという状況です。このような状況の場合、施策を打つことが目的化して、第1段階の「意味の不在」が起きているケースが非常に多いです。経営者や人事役員の方との会話では「こんなにも施策をやっているのに、なんで上がらないんでしょうね」という会話になり、コンサルタントの立場からしても、非常に現状が捉えづらくなってきてしまう。

さらに怖いのは、例えスコアが上がっていても、回答率が下がったり、自由記述回答が「特になし」ばかりになるケースです。これは現場に諦め感が広がっている兆候で、第4段階ないし第5段階に入っている可能性が高い状態と考えられ、要注意です。

人事に求められるのは「二つの世界の通訳者」

Q. 経営と現場のギャップを放置すると、施策の形骸化を招く。それがいかに恐ろしいことかが見えてきました。こうした状況を防ぐには、人事にはどんな役割が期待されているのでしょうか。

例えば経営から「エンゲージメントサーベイのスコアを5ポイント上げたい」と言われたとき、それをそのまま現場に下ろしてはいけません。むしろ形骸化を加速させます。そうではなく、「チームの中でメンバーが前向きに、少しずつ本音を話せる状態をつくりたい」といった“状態の言葉”に翻訳し、マネジャーが語れるようにする。

逆もまた然りです。現場からの「忙しくてそれどころじゃない」という声を、そのまま経営に投げ返すのではなく、「このままだと施策が立ち行かなくなり、余計にエンゲージメントが下がる可能性がある」といったリスクが分かりやすい形に翻訳して伝える。

また、時間軸の橋渡しをすることも重要です。3年後の目標を、四半期ごとのプロセス目標に分解する。今回のサーベイでは何を学ぶのか、次の一歩として何に集中するのか。こうした中間目標を設計し、急ぎすぎないよう経営に伝えることも、人事の重要な仕事です。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

経営と現場の間で起きている時間軸と目的関数のズレ。今後のシリーズではより具体的な事案を紹介しながら、その解像度を高めていきます。次回Vol2では、『経営層が語る「ビジョン」が現場に届かないのはなぜか』に迫ります。お楽しみに!

Great Place To Work(R) Institute Japan コンサルタント 三輪 慶

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新卒で国内大手SIerに入社。
2017年よりGPTW Japanに参画し、コンサルタント職として中小~大手まで幅広く顧客を担当。
働きがいのある職場を目指す多くの企業の調査分析、経営層への提言と支援を入社以来一貫して行っている。