人的資本開示を起点に、経営戦略と人材戦略をつなげる
株式会社 電通総研
コーポレート本部人事部担当部長 今村 優之 様
コーポレート本部人材開発部キャリアグループ 寺地 百合子 様
更新日 2026.06.172026.06.17
人的資本開示を起点に、経営戦略と人材戦略をつなげる
株式会社 電通総研
コーポレート本部人事部担当部長 今村 優之 様
コーポレート本部人材開発部キャリアグループ 寺地 百合子 様
公開企業における人的資本開示の義務化を契機に「人材を資本として捉える」流れが広がりつつあります。しかし、多くの企業が「何を開示すべきか」「どの指標を用いるべきか」に悩んでいるのが実情です。そうした中、電通総研はGPTW調査のスコアを活用しながら、人的資本開示を契機として、経営戦略と人材戦略をつなげる取り組みへと進化させています。今回は、コーポレート本部人事部HR戦略グループ シニアプロジェクトディレクターの今村優之様と、人材開発部キャリアグループの寺地百合子様の言葉から、その実践に迫ります。
<抱えていた課題>
✓「人が大事」という認識はあったが、戦略として整理されていなかった
✓独自サーベイでは対外的な比較が難しく、客観的な評価軸を持てていなかった
<導入の決め手>
✓GPTWの指標で比較可能性を担保しながらエンゲージメントを可視化できる
✓組織の健康診断のように定点観測で組織の状態を把握できる
GPTW エンゲージメントを人的資本情報として公開された背景を教えてください。
今村様 最初のトリガーになったのは、数年前に人的資本に関する議論が広がる中で、ISO30414という国際的な開示基準を知ったことです。当社は人事情報管理のシステムパッケージを提供する会社でもあるので、「まず自分たちもやってみよう」という話になったのが出発点でした。
ただ、人的資本開示そのものが目的だったわけではありません。むしろ、経営戦略と人材戦略をどうつなげていくのか、それを社内できちんと言語化することのほうが重要でした。開示は、そのプロセスを進めるための一つのきっかけに過ぎないという認識です。
それまで当社でも「人が大事」という認識はありましたが、それが戦略として明確に整理されていたわけではありません。この取り組みを通じて、課題設定や施策が具体化され、ようやく形になってきた感覚があります。
GPTW なぜGPTWの指標を活用しているのか。また開示情報はどのように選択しているのかを教えてください。

今村様 GPTWの指標を使っている理由は大きく二つあります。一つは他社との比較が可能な点、もう一つはエンゲージメントサーベイとしての信頼度が高い点です。例えば自社で独自にサーベイを実施して高いスコアが出ても、それが本当に高いのかどうか客観的な指標とはなりにくい。その点、GPTWのように多くの企業が使っている指標であれば、一定の比較軸が担保されます。
実際、5年ほど前までは社内でサーベイを設計し、因果分析を行っていました。そうした取り組みにも価値はあるのですが、対外的に説明していくことを考えると、一般的かつ客観的な指標を使うメリットは大きい。既存の指標の中で最も我々の納得感があるのがGPTWだった、というのが正直なところです。

寺地様 GPTWのサーベイは、「結果とどう向き合うか」を使用者側に委ねるような設計思想が優れていると感じています。例えば特定の項目が悪いとき、その項目を改善することを半ば強制的に求めるような仕立てのサーベイもあると思います。そのように改善を一律に求めるのではなく、結果を見て「自分たちにとって本質的な課題は何か」を考える余地が残されている。このサーベイのために何かをするのではなく、日常の取り組みの結果としてスコアを捉えられるのは大きいと思います。
今村様 当社では、人的資本開示においてGPTWの全体スコアだけでなく、サーベイ結果の一部も引用しています。具体的には「信用」や「公正」といった項目を抽出し、「リーダーシップの質」を測る指標としても位置づけました。経営に対する「信用」と「公正」は、組織のパフォーマンスにも直結する重要な観点だと考えているためです。

なお、開示の方法としては、統合レポートの中で概要を示すだけでなく、「ヒューマンキャピタルレポート」という人的資本に特化した別冊も作成しています。詳細な情報はそちらに集約することで、情報の整理と伝わりやすさの両立を意識しています。
以前は分厚いレポートで多くの情報を盛り込む企業も多かったと思いますが、重要なのは量ではなく質だと考えています。情報やデータはシンプルで最低限であっても、そこから何を読み取り、どう議論するかの方がはるかに重要だと感じています。
GPTW エンゲージメントは経営指標とどのように結びついていますか。
今村様 前提として、当社のゴールは企業価値を高めることです。そのために、一人当たりの生産性や付加価値を高めていくことが重要なKPIになっています。
エンゲージメントは、そのゴールそのものではなく、もう少し手前にある指標だと捉えています。例えば人を増やす場合でも、どのような人材を採用し、どう活躍してもらうか、それが企業価値にどうつながるかという視点が重要です。
エンゲージメントと成果の関係については、厳密な因果関係まで完全に解明できているわけではありませんが、分析の中で「20代の成長実感」などが生産性に影響している可能性が見えてきたこともあります。そうした示唆を踏まえながら、施策を検討しているという状況です。エンゲージメントを上げること自体を目的にするのではなく、企業価値向上に資する要素の一つとして位置づける。このスタンスは一貫しています。
GPTW 人的資本開示は組織にどのような変化をもたらしましたか。
寺地様 一番大きな変化は、経営と人事が同じ言葉で議論できるようになったことです。これまでも人材投資は行ってきましたが、それが経営戦略とどうつながっているのかを明確に言語化できていたわけではありませんでした。
開示のプロセスを通じて、それが整理され、共通認識が生まれた。経営サイドと人事サイドが同じステージで「どういう人材に投資するべきか」を議論できるようになったのは大きいと思います。
寺地様 人的資本の考え方が浸透する中で、HRBPの導入にもつながりました。各部門が採用や育成に責任を持つ体制をつくろうという動きです。まだ試行段階ではありますが、こうした体制変化は、この取り組みがなければ生まれていなかったと思います。さらに、役員が自らサーベイへの回答を促すようになるなど、経営層の関与も強まっています。「公開している」という事実が、組織の行動に影響を与えているようです。
今村様 こうした動きは偶然ではなく、人材戦略を経営と連動させて捉えるようになったことが背景にあります。人的資本の考え方を言語化し、全社で共有したことが、組織体制の見直しにつながったと捉えています。
GPTW 人的資本開示までのプロセスにはどのような苦労がおありでしたか。
今村様 一般的に言われる例では、人事とIRのスタンスが課題になりやすいと思います。IRが開示を求め、人事がデータを出すという構図になりがちですが、それだとどうしても形だけの取り組みになってしまいます。
当社では、ISO30414取得の際、経理や総務など関係部門に説明会を実施し、最初から巻き込んできました。どのデータがどこにあるのか、誰が持っているのかを整理するところから始めたのが良かったと思います。関係部門を巻き込みながら進めるプロセスは簡単ではありません。一度で理解が進むわけではなく、小さな取り組みを積み重ねながら成功体験を共有していくことで、徐々に協力体制が築かれていきました。

また、人事部門の中でも、データ開示に対する心理的なハードルはあります。忙しさもありますし、数字を出すことへの抵抗感もある。ただ、単なる作業としてではなく、自分たちの取り組みの価値を可視化するものとして捉えられるかどうかが重要だと思います。
人事の仕事は成果が見えにくい領域でもありますが、こうしたデータを通じて、自分たちの取り組みがどのように組織に影響しているのかを可視化できる点には大きな意義がある。単なる開示ではなく、人事の価値を示す手段としても機能していると感じています。
GPTW 現在の課題やギャップについてどう考えていますか。
寺地様 人的資本の取り組みに完成形はありません。人材戦略もまだ発展途上で、今もアップデートを続けています。
また、数値目標を設定すると、それに無理に合わせようとする動きが出てしまうリスクもあります。数字を合わせることではなく、何が本質的に重要なのかを見失わないことが大切です。データは単に取得するだけでなく、グラフ化するなどして議論しやすい形にすることも重要。そうした工夫を通じて、組織全体のデータリテラシーも徐々に高まっていくと感じています。もし、仮にスコアが下がった場合も、それを隠すのではなく、なぜそうなったのかを考える。その上で次につなげることが大切だと思っています。
GPTW これから開示に取り組む企業へのメッセージをお願いします。

今村様 大切なのは、目的をぶらさないことです。データを取得することや開示そのものが目的になってしまうと、本質から外れてしまいます。まずは自社のビジネスゴールを明確にし、その達成に向けて何を把握すべきかを考えること。そのうえで、既存のデータを可視化するだけでも、議論の質は大きく変わります。
最初から完璧を目指す必要はありません。骨格をつくり、運用しながらアップデートしていく。その積み重ねこそが、組織や経営を変えていく原動力になります。数字や開示に振り回されることなく、人的資本経営の本質を問い続けること。その積み重ねこそが、経営戦略と人材戦略をつなげる原動力になると考えています。
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