企業の規模拡大フェーズにおける組織課題とは ~ありがちな罠に陥らず成長するための職場づくりのヒント~
更新日 2020.09.292020.09.29研究レポート
はじめに
グローバル競争、AI時代にむけて新しい産業を創出していくことは日本の未来にとって喫緊の課題であります。現在の新規企業の開業率は5%台となっており国際比較でみるとかなり低い水準にありますが、2000年代を通じて少しずつ上昇傾向にあり、最近ではスタートアップや大学発ベンチャーなどが積極的に創出されるなど明るい兆しも感じられます。
しかしながら、本研究では組織が事業拡大をしていく中での人員増加により従業員の働きがいを低下させてしまう可能性があることが確認できました。こうしたリスクをできるだけ回避し、従業員の働きがいを中心軸にしながら健全な企業成長を遂げていくにはどうしたらよいのでしょうか。
本レポートでは、規模の拡大期にある組織を分析対象として3年間における従業員の働きがいの変化を明らかにし、成長に向けた職場づくりのヒントを考察します。
調査概要
■ 分析の目的
3年間における従業員数の増加傾向と従業員の働きがいの変化の関係を明らかにすること
■ 分析の手続き
《 使用データ 》
GPTWの「働きがいのある会社調査」(※1)に参加している企業の従業員が回答している「働く人へのアンケート」の結果
《 分析対象 》
直近3カ年(2018年~2020年報告用)において調査を実施した154社のデータのうち、下記分析方法に基づいて抽出した103社(参考:表1、表2)
アンケート回答時期は2017年~2019年
《 分析方法 》
3年間での従業員数の増加傾向(「規模成長」/「規模変化なし」)と従業員の働きがいの変化との関係について、従業員規模別(「300名以下」/「301名以上」)に分析を行った
※増加率による違いを見るために、成長の傾向が著しい「規模成長」群と大きく変化していない「規模変化なし」群の2群に分けた
「規模成長」: 3年間、毎年従業員数が増加している、かつ、2018年から2020年の増加率が20%以上の企業
「規模変化なし」:上記以外の企業で、2018年から2020年の変化率がマイナス10%未満からプラス10%未満の間の企業
<表1:各分類における社数>
<表2:各分類における創業年数別割合>
<業種別割合>
※103社の全体傾向。各群で大きな偏りはなかった。
結果概要
1. 規模の拡大期にある成長企業では「300名以下」の組織が「301名以上」の組織と比べて従業員の働きがいが変化しやすい
従業員の働きがいが総合的にどう変化しているかを見るために、GPTWの総合設問(「総合的にみて働きがいのある会社だと言える」、以降「働きがいスコア」)を使用して、分析を行いました。なお、ここでのスコアは、その設問に肯定的な回答をした人の割合を表しています。3年間で働きがいスコアが維持できているかまたは上昇した群を「維持・上昇」群、反対に働きがいスコアが低下した群を「下降」群としました。
「維持・上昇」:会社単位での平均のスコアとして2018年から2020年の得点差が0以上の企業
「下降」:上記得点差が0未満(マイナス)の企業
規模別の各群の社数については、「301名以上」の「規模変化なし」群のみ、「スコア維持・上昇」の割合が少なかったが、それ以外の3群では、大きな傾向の違いはありませんでした。(参考:表4、表5)
<表4:各群における社数>
<表5:各群における社数の割合>
2018年から2020年の得点差の平均を確認したところ、「300名以下」の方が、「維持・上昇」群も、「下降」群も得点差が大きいことがわかりました。(参考:表6)
<表6:規模別「規模成長」vs「規模変化なし」群の3年間における得点差>
さらに「300名以下」に着目し、「規模成長」群と「規模変化なし」群を比較すると、従業員数の増加した「規模成長」群の方が働きがいスコアの変化幅がマイナスに大きくなりました。従業員規模の急成長によって従業員の働きがいの低下が引き起こされる可能性があることを示唆しています。(参考:表7)
<表7:300名以下の規模における「規模成長」vs「規模変化なし」群の得点差>
2.規模に関わらず従業員の増員時に注意すべきはマネジメントとの信頼関係である
では、従業員数が短期間に大幅に増加している成長企業では、働きがいという観点で、具体的にどのような変化が起きやすいのでしょうか。
同じ「規模成長」群のなかでも、働きがいスコアが「維持・上昇」している群と「下降」している群では、働きがいを感じる要因による違いがあるのでしょうか。具体的な働きがいについて聞いている58の設問ごとの得点変化について、働きがいスコアの「維持・上昇」群と「下降」群間で比較しました。
最初に、「300名以下」「301名以上」共通して、働きがいスコアの「維持・上昇」群と「下降」群の間に得点差が大きかった設問を紹介します。
その結果、特に大きな得点差がみられたのは、「経営・管理者層の言行一致」、「経営・管理者層は約束したことを果たしている」、「会社ビジョンとその実現プロセスが明確である」など、経営・管理者層と従業員の信頼関係に関するものが多くありました。(参考:表8・表9 黄色部分)
<表8:300名以下の規模における「維持・上昇」vs「下降」群の得点差>
*黄色ハイライトは、「301名以上」にも共通して両群の得点差が確認された設問
<表9:301名以上の規模における「維持・上昇」vs「下降」群の得点差>
*黄色ハイライトは、「300名以下」にも共通して両群の得点差が確認された設問
特に「300名以下」の規模では「規模成長」群のスコア低下幅が大きくなっています。職場の管理職がプレイヤーでありマネジメント実務に集中できない状況や、外部採用の管理職がカルチャーにそぐわないやり方を持ち込み、部下に寄り添えていない状況も想定されます。規模の拡大期では、経営や上司に対する信頼がゆらぎやすく、マネジメントのあり方も相応に変化していく必要性を示唆しています。経営者はこのことを理解して、職場のマネジメント層が機能するよう役割を明確化し、十分な人員配置と育成を行っていくことが大切といえます。
3.「300名以下」の組織における規模の拡大期には人事制度(賃金・評価)の整備、「301名以上」は連帯感の醸成がポイント。
次に「規模成長」群において、「300名以下」「301名以上」、それぞれに、働きがいスコアの「維持・上昇」群と「下降」群との間に大きな差があった設問を確認します。
まず「300名以下」の企業について見ていきます。
働きがいスコアの「維持・上昇」群と「下降」群の間に最も大きな差があった設問は、「利益の公平な分配」(24.1ポイント)でした。次いで「経営・管理者層の事業運営能力」(22.5ポイント)、「経営・管理者層の言行一致」(22.1ポイント)となりました。(参考:表8)
<表8(再掲):300名以下の規模における「維持・上昇」vs「下降」群の得点差>
規模の拡大期には、働く個人にとっても業務量の増加やワークライフバランスの崩れといったさまざまな変化が想定されます。新しい人が採用されると忙しい日常に加えて育成フォローも任され負担が重くなりがちです。そういう状況下では、会社が収益を上げているにも関わらず正当な評価や賃金が得られないと感じる場合、人事制度の未整備や会社の公正性に不満を持ちやすいといえるでしょう。経営や上司に対する信用も大きな得点差となっていることから、会社として従業員の処遇に対する方針や考え方を共有し、また経営者が今後の事業や組織運営の見通しなどをしっかり示すことで従業員の信用を維持していく必要があると考えられます。
次に、「301名以上」の「規模成長」群についても同様に見てみます。その結果、働きがいスコアの「維持・上昇」群と「下降」群の間で最も大きな差があったのは「この会社の人たちは、仕事に行くことを楽しみにしている」(9.2ポイント)であり、次いで、「家族・仲間といった雰囲気がある」「楽しく働ける会社である」(ともに8.9ポイント)となりました。「300名以下」と比較すると職場の【連帯感】に関する設問が上位を占めていることが特徴です。(参考:表9)
<表9(再掲):301名以上の規模における「維持・上昇」vs「下降」群の得点差>
「301名以上」といった規模感になると賃金や評価の仕組みがある程度整えられていると想定されるので、従業員の不満が制度や人事プログラムに向かうことは少ないのかもしれません。一方で、人員増加により部門間の連携や社内全体のコミュニケーションがうまくいかなくなると、従業員は周囲の人間関係や職場カルチャーに違和感を覚えるようになります。小規模のときには家族や仲間という雰囲気の中で自然と成立していたコミュニケーションを、規模の拡大期では職場のインフラとして意識的に構築することや、組織を横断した連携や交流を積極的に行うことが望ましいでしょう。
まとめ
少子高齢化、人手不足の現代において従業員数が増加しているということは採用がうまくいっていることを意味しています。成長企業とは、将来性のある事業、共感できるビジョン、カリスマ的経営者、オープンなカルチャーなど、求職者からみれば魅力的な要件を数多く兼ね備えている会社であることは間違いありません。
しかし今回限られたデータではありますが、規模の拡大期では、特に組織が「300名以下」の場合、職場の働きがいがプラスにもマイナスにも変化しやすいことが確認されました。従業員数が急激に増加する環境下ではこうした変化はある程度起こりうるものとも考えられますが、予めそうした傾向を認識し、適切な施策を打っていく、つまり経営者のかじ取り次第では、組織の強みを阻害しない範囲で乗り越えていける可能性が十分にあります。
組織がまだ拡大する前で経営者の目が個々の従業員に行き届いている場合は、人事制度や仕組みなどは十分に整備されていなくてもそれほど問題がないかもしれません。しかし、新しい人が次々と採用され、部門ごとに機能していくフェーズになると事情は変わってきます。個人に対する適切な仕事の配置、公正な評価、報酬に配慮が必要です。一方で規模がある程度大きくなると、職場変化はやや異なる課題を引き起こす可能性がみえてきました。従来のカルチャーの変化によるコミュニケーションや連携の難しさといったものです。「たて・よこ・ななめ」の関係性を強化するための仕組みやイベントを企画するなど会社側の努力が欠かせません。
そして企業の規模に関わらず重要なのは、成長期にはともすると経営や上司に対する従業員からの信頼も容易に崩れていくリスクを秘めているということです。経営者は市場や株750主ばかりでなく、組織で働く人の変化にも相応の注意を傾け従業員からの信頼を得ていくことが大切です。改めて会社の理念やビジョンについて語り、多くの情報を積極的に共有していくことが有効です。多くの企業が新しい人の採用を組織の活性化につなげ健全に成長していくことは、明るい日本の未来につながっていきます。
※ 1 「働きがいのある会社調査」https://hatarakigai.info/survey/overview.html