なぜ「働きがいのある会社」はイノベーションを起こせるのか

更新日 2018.10.042017.03.06オピニオン

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3月7日、「働きがいのある会社」特別講演として、早稲田大学ビジネススクールで教べんをとる入山 章栄氏によるセミナーが開催された。近著が「ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶ経営書2016」1位に選ばれた今注目の経営学者だ。経営学の観点から、「働きがい」とイノベーションにどのような関わりがあるのかについて語った。そのセミナーの概要をご紹介したい。

イノベーションには「知の探索」が必須

「働きがいのある会社」とは、すなわち「イノベーションを起こせる会社」である――私はそう考えています。

最近、副業解禁や週休3日制など、日本でも急速に従来の働き方を見直す動きが高まっています。日本の優れた経営者や注目すべき企業のほとんどが、「働き方改革」に前向きな姿勢を見せているといってよいでしょう。

しかし、実はその目的はすべて共通しています。それは「イノベーションを起こす」ということ。イノベーションを起こすためには、従業員の動きを活発化させ、価値観や経験を多様化させることが絶対条件です。そのために働き方の改革が求められており、それが働きがいの向上を生むのです。これが冒頭の「働きがいのある会社=イノベーションを起こせる会社」の構図です。

では、そもそもイノベーションとは何でしょうか。経営学の観点からいえば、それは「既存の知と知の新たな組み合わせ」です。何かゼロからものすごいものを生み出すような大それた話ではなく、既にある分野で知られている知識と、別の分野で知られている知識を組み合わせ、新しい発想を生み出す。日常業務のちょっとしたアイデアや効率化などでも、何か新しいことをして会社が少しでも前に進むことができれば、それはイノベーションです。

ところが、人間の脳には限界があります。人間はどうしても自分の目の前にある事象を組み合わせる傾向があり、それとは無関係の、自分とは縁遠いものを組み合わせることは難しい。そして同じ業界、同じ会社にずっといると、目の前のものは大概の組み合わせが終わってしまっているんです。その状態ではイノベーションが生まれるはずがありません。

それを解消するには、なるべく自分から離れた遠くの「知」を幅広く探し、自分が持っている「知」と組み合わせる必要があります。これを経営学では「知の探索」と呼びます。トヨタの効率的な生産方式として知られる「かんばん方式」は、米国のスーパーマーケットのモノや情報の流れを自動車の生産に応用したことで生まれました。このように、本来自社の事業とは離れたところにあるものを組み合わせる必要があるのです。

組み合わせには失敗がつきものですが、その中に“成功のタネ”を見つけたら、そこを深掘りしていくことも大事です。これは「知の深化」といわれます。「知の探索」と「知の深化」の両方にバランスよく取り組むこと、いわば「両利きの経営」をすることが、これからの日本企業に求められていることです。

しかし、言うは易し、行うは難し。実際に「知の探索」をしながら「知の深化」を行うことは簡単なことではありません。どうしても企業は目の前の利益を求めてしまい、短期的に利益を得られる可能性が高い「知の深化」ばかりを進めてしまいがちです。結果として、中長期的にはイノベーションのタネに枯渇してしまい、先細っていく。

このような状態を「コンピテンシー・トラップ」といいます。日本企業にイノベーションが足りないのは、コンピテンシー・トラップに陥っているから。だからこそ、「知の探索」を促す仕組みづくりが重要なのです。

ダイバーシティは2種類存在する

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では、どうすれば「知の探索」ができるのか──今回は「働きがい」がテーマですから、組織や人材に絞ってお話ししますと、3つのポイントが挙げられます。

一つ目は、「組織レベルでの働きがい」です。イノベーションとは知と知の新しい組み合わせであり、知とは人間一人ひとりが持っている考え方や価値観、経験です。つまり大切なのは「人と人が新しくつながること」なのです。そのためには、多様な人々を受け入れること、つまりダイバーシティが重要となります。

しかし、ダイバーシティには「タスク型」と「デモグラフィー型」の2種類があります。前者は、能力や経験、知見など、目に見えない価値が多様化すること。後者は、性別、国籍、年齢など目に見える属性が多様化することです。

「デモグラフィー型」のほうが傍目にも分かりやすく、一般的にこちらがダイバーシティとして認識されがちです。しかし、経営学の研究で、「タスク型」は組織のパフォーマンスにプラスに働く一方、「デモグラフィー型」は組織にとってプラスにならないどころか、マイナスに働く可能性すらあることが分かりました。

人間は、どうしても人を見た目で判断することから避けられません。どんなに優秀な人であろうと、最初は性別や国籍、年齢といった要素で無意識のうちに人をカテゴライズしてしまうのです。すると、そこには“断層”が生まれます。典型的なのは、男性ばかりの組織に女性が何人か入ると、いつのまにか女性グループが孤立するパターン。すると、重要な情報が女性グループに回らなくなり、組織のパフォーマンスとしてはマイナスになるのです。

もちろん性別や国籍などの多様性自体は組織にとってプラスです。“断層”が生まれないよう、お互いの理解が深まるコミュニケーションの場や研修を用意することは、マネジメントの責務といえるでしょう。ご存じの通り、米グーグルはダイバーシティが進んだイノベーティブな企業ですが、“断層”を生まない仕組みづくりについて非常に熱心です。そうすればタスク型のダイバーシティの効果も上がってくることを知っているからです。

二つ目は、「人材レベルでの働きがい」です。ここ10年ほどで急速に注目されているのが「イントラパーソナル・ダイバーシティ」。組織の多様化だけでなく、人間一人ひとりが多様化すればいいという考え方です。個人が複数の専門や知見を持つことで、自分の中だけでも知の探索を行えるわけです。

副業や週休3日制を奨励するのは、何も従業員に副収入を得てほしいとか、ただ休日を増やしてダラダラしてほしいというわけではありません。自社とは全く違う業種の仕事や人と触れ合ったり、休みの日に趣味や社会貢献活動などにいそしんだりすることで、社外の知見や人脈を自社に持ち帰ってきてほしいのです。

最近は深い専門性が一つあって、同時に幅広い知識を持つ「T型人材」が重要といわれますが、私は専門性を複数持ち、違う知と知を自分の中で組み合わせることができる「H型人材」のほうが、これからの時代に求められる人材だと思います。

また、人間は色々なことに取り組む多様性がないと、モチベーションも上がらないもの。そういう施策が「働きがい」の向上につながっていくのです。

「正しい分析」より一歩足を踏み出すことが重要

最後は、「企業レベルでの働きがい」です。技術革新のスピードが速く、変化の激しい現代は、数年先を予測することも難しい時代です。これは、ビジネスにおいては不確実性というリスクになります。そんな時代に最もやってはいけないのは、実は「正確な情報に基づいた正しい分析」。分析をしている間にもビジネス環境は移り変わります。分析結果をもとに動き出そうとしたときには、もうそのデータは使い物にならなくなっているのです。

大事なことは、たとえ成功する確信が持てなくても、とにかく一歩足を踏み出すことです。そのためには、リーダーが従業員にビジョンを語らなければなりません。変わりゆく社会でどんな価値を生み出し、どんな会社になることを目指すのか。そこで従業員が納得できれば、それは不確実性を凌駕します。正確性より納得性を重視する、これを経営学では「センスメイキング(意味付け・納得)理論」といいます。

これは経営者のみに限りません。現場の中間管理職やマネジャーにも必要とされる資質です。リーダーがビジョンを語り続けるうちに、従業員一人ひとりにもビジョンができていく。自分のビジョンと会社のビジョンが合っていけば、それが「働きがい」を生み、組織のパフォーマンスも高まっていきます。そしてイノベーションを起こし、会社の成長につながるのです。

優秀な人材の獲得競争が激しい現代では、ビジョンは人を引きつける重要な要素にもなりえます。人を共感させ、ワクワクさせられるビジョンを描けるリーダーが日本にもたくさん現れることを私は期待しています。

ここがポイント!

「働きがいのある会社」は「イノベーションを起こせる会社」である。そのためには「知の探索」と「知の深化」の両方が必要。

「知の探索」を進めるためには、組織内の能力や経験、知見を多様化する「タスク型ダイバーシティ」が重要。

リーダーがビジョンを描き、従業員が共感し、納得できたとき、「働きがい」は向上し、イノベーションが起こり、業績にも反映されていく。

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早稲田大学大学院准教授
入山 章栄氏

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得後、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授就任。13年より現職。著書の『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社)は、「ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶベスト経営書2016」で1位に選ばれた。

本コンテンツは日経BP社の許可により日経ビジネスオンラインの広告(初出:2017年2月~5月)から抜粋・再編集したものです。禁無断転載 (C)日経BP社

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