競争戦略の真髄は"違い"をつくることである
特別講演「好き嫌いの復権」

2020.04.01

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経営戦略において「好き嫌い」が大事である理由

今の時代、ビジネスにおいて「良し悪し」による判断が優先され、「好き嫌い」が劣後する傾向があると感じています。「良し悪し」は、世の中のコンセンサスによって決まる価値基準です。たとえば、「人殺しが好き」という人は許されないですよね。これは普遍的なコンセンサスの一つです。一方で私はユニクロの服が好きですが、ユニクロよりもZaraの服が好きな人もいます。これは「好き嫌い」の問題ですから、どちらを選んでも間違いではありません。

なぜ私がビジネスにおいて「好き嫌い」が大事であると考えるに至ったのかというと、これは「競争戦略」という分野で仕事をしていることに関係しています。戦略とは「違いがあるから選ばれる」ということに尽きます。

その違いは、2つの観点から考えることができます。ひとつは、どちらが“Better”かという判断。人間に当てはめると、身長、体重、年齢、視力などが物差しになります。もうひとつの違いは「物差しがない違い」です。たとえば、男女の違い。「私のほうが、あなたより30%女性寄りです」ということはない。つまりは“Different”。戦略というのは、競争相手に対して“Different”になれということです。

パドックを見て馬券を買うのか、それとも第3コーナーで馬券を買うのか

ファッション業界のビジネスを、競馬にたとえてみましょう。いわゆるファッションブランドは、馬の状態を見ることができるパドックで、今年はどんなファッションが流行るのか予想をしてつくっています。馬券を買って2020年、春夏レーススタート!という具合ですね。当然、予想が当たることも外れることもあります。

しかしながら、Zaraの創業者は、今から30年前に「何が流行るかを予想するから外れる」ことに気づいたわけです。「初めから売れるものをつくればいい」と考えて、第3コーナーで馬券を買うようなビジネスをつくったわけですね。これは、それまでのファッション企業のやり方とは“Different”です。ユニクロがやっているのも“Different”ですね。生活を快適にする機能を持った服を、素材からつくっています。競馬にたとえれば、世界で初めて牧場に踏み込んで、勝てる馬を育てるところから始めたということ。つまり、全く“Different”のポジションをつくって成功しています。

ビジネスの競争をスポーツに当てはめようとする人がいます。これはある意味で間違いです。スポーツは誰かが勝てば、誰かが負けるという、優劣が縦一列に並ぶ競争です。戦争も同じで、相手の殲滅が目的なので、織田軍が勝てば武田軍は負けます。しかし、ビジネスでは複数の勝者が存在するのです。Zaraのベストプラクティスがユニクロに当てはまらないのと同じで、それぞれにベストプラクティスがあります。ユニクロとZaraのどちらがBetterか考えることに意味はありません。それぞれが“Different”なだけなのです。

経営は「スキル」ではなく「センス」 努力ではカバーできない

競争戦略は、論理的に言って「良し悪し」よりも「好き嫌い」と親和性が高いものです。意思決定者の「好き嫌い」がモノを言います。こういう主張を本に書くと、読者から届くのは総じて厳しい反応で、「金返せ」というような意見が届きます。どうして評判が悪いのかというと「スキル」の話ではないからです。国語・算数・理科・社会は「スキル」なので、勉強すればできるようになります。それに「スキル」は見せる、示せる、図れるものだからとてもわかりやすい。よって、「スキル」を求める人が多いわけです。

一方で、異性にモテる、モテないというのは「センス」の話。これは努力してどうなるものでもないし、モテないのは向いていないってことです。また、「センス」は「スキル」と異なり、可視化するのは難しい。往々にして「センス」がない人は、「センス」がないことに気づいていないんですね。努力でカバーしようとして、ますます悪い方向に行きやすいです。戦略や経営で必要になるのは「センス」です。センスのない人にはできません。向いている人間がやればいい。

好きなことに徹底的に“凝る”「無努力主義」のすすめ

経営者のみならず、どんな仕事でも「好き嫌い」が大事です。仕事の大原則は、「趣味ではない」ということだと考えています。自分の満足のためにするのが趣味であり、誰かに価値を提供するものが仕事です。私は30年間、ブルードッグスというバンドで演奏しています。これは趣味で、自分が気持ちよくなるためだけにしています。大勢の前で演奏するのが気持ちいいのですが、誰も聞きに来ません。わざわざ聞きに行く価値がないからです。こういう話をすると、趣味なら「好き嫌い」でいいけど、仕事は「良し悪し」だと思われるかもしれませんが、仕事こそ「好き嫌い」で考えるべきです。

私は「余人を以て代え難い」というのが本当の仕事だと思っています。「努力しよう」と思った時点で、その仕事には向いてないんじゃないかなと。そういうわけで「無努力主義」と私は言っているのですが、遊んでいればいいという話ではありません。「まわりから見ると頑張っているように見えるけれど、やっている本人にとっては娯楽に等しい。なぜなら好きだから」という状態が理想。「好きこそものの上手なれ」と昔から言われていますが、結局はこれが最強だと思うんですね。好きなことに「凝る」という状態が、一番強いです。

週刊文春はブラック企業の批判が大好きです。「アパレル企業の店長が忙しすぎて人格崩壊した」とか、いろいろな話が載っています。一方で、週刊文春をつくる人たちは、何人もが徹夜しながらスキャンダルを探しているわけです。一度、週刊文春の編集長に「自分たちのブラックぶりを棚上げしているんじゃないか」と言ったことがあります。そうしたら、「スキャンダルは雑誌の王道で面白いし、好きだからやっている」と言ったんですね。好きでやっているならそれでいい。読むか読まないかも読者の好き好きです。

一人ひとりの「好き嫌い」を尊重し、経営に活かそう

好きで仕事をやっていれば、道中に報われる瞬間がたくさんあると思います。それに“好き”は命令できません。巨人ファンに「阪神ファンになれ」って言ってもファンにならないと思います。「毎月5000円のお小遣いをあげるから阪神ファンになれ」って言ったら、「阪神ファンになる」と言うかもしれませんが、心の中では巨人を応援し続けるでしょう。それほど“好き”には強い力がある。

今の世の中は正解がない中でも、これが正しい、これは間違っているという意見が飛び交っています。たとえば、夫婦別姓は選択的なものなのに、反対する人がいます。「夫婦なのにけしからん」と言う人がいれば、「別姓じゃないとダメだ」と言う人もいる。これってつまりは「夫婦別姓が好きか、嫌いか」という話なのだと思います。それを強制的に「良し悪し」に翻訳しようとするから話がややこしくなってしまうのです。

私がSNSに何か書くとすぐに「間違っている」とか「謝罪しろ」という人が出てくるのですが、これも「コレクトレス過剰」だと思っています。他人の“好き”を尊重しない、もしくは自分の“好き”を押し付けるのはもってのほか。自分の“好き”も他人の“好き”も尊重するのが、成熟した社会だと思いませんか。一人ひとりが「好き嫌い」を表明し、それを理解して経営に活かすことをぜひ、みなさんにも考えていただきたいです。

楠木 建氏

一橋ビジネススクール 教授

一橋大学大学院商学研究科修士課程修了(1989)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

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