男女賃金格差縮小に向けての提言

更新日 2023.04.182023.04.18オピニオン

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Great Place to Work® Institute Japan(GPTW Japan)は、「働きがい認定企業」(2021年7月~2022年9月調査実施)の中から、特に女性の働きがいに優れた企業を各企業規模部門別に上位5社選出しました。女性ランキングは2017年版より発表しており今回で7回目となります。
日本で特に課題視されている男女賃金格差の縮小に向けた提言として、早稲田大学政治経済学術院 教授の大湾秀雄氏にご講演いただきました。

※本記事は2023年版日本における「働きがいのある会社」女性ランキング記者発表会の抄録です。

男女賃金格差を生み出す2つの要素

どういった要因で、男女の賃金格差が生じるのか。そして、どうやってその格差を縮小していけばいいのかを提言としてお話したいと思います。

まず、男女の賃金格差を考えたとき、大きく2つの要素があります。1つは「長時間労働賃金プレミアム」です。長時間労働すればするほど時間当たりの賃金が増えていく仕事が世の中にたくさんあります。もう1つは、「性別役割分業」です。女性は家庭を守り、男性は外で働くべきという考え方が、社会基範として残っています。

世の中の仕事は、非常に柔軟性の高い仕事と、柔軟性に欠けており長時間労働を要求する仕事の2種類に分かれる傾向があります。柔軟性の高い仕事は、ルーチン業務が多い経理や薬剤師などです。一方で、緊急の問題解決やコーディネーションが必要な経営者、あるいはコンサルタントの仕事は長時間労働を要求される部類に入ってきます。

仕事が標準化されていない日本では、従業員の代替性が低く、属人化されやすく、それが長時間労働賃金プレミアムをさらに高めていると考えられます。

そういった状況下で、女性は性別役割分業意識も強い中、家事や育児の大部分を担うため、時間的な制約が強くなります。そのため、柔軟な働き方ができる仕事につく傾向にあります。一方で、男性は制約が弱いため、長時間労働ながらも賃金が高い仕事に就けます。こうして性別職域分離が生じ、長時間労働賃金プレミアムを享受できる男性とプレミアムを得られない女性の間で賃金格差が広がっているのです。

キャリア分断で生涯所得水準3割減少

結婚して子どもが生まれた時に、長時間労働が必要な仕事にいた女性の方が、柔軟性の高い職種に移ると、所得の大きな下落が生じます。これがチャイルドペナルティ、マザーフッドペナルティと呼ばれる問題です。

各国における女性の出産前後の平均所得推移

(出典)古村「チャイルドペナルティとジェンダーギャップ」、財務省財務総合政策研究所「仕事・働き方・賃金に関する研究会 一人ひとりが能力を発揮できる社会の実現に向けて」、2022 年 6 月

このグラフはいくつかの主要国について、出産前後でどのくらい平均的な所得が変わったのか示したものです。日本の場合は出産後に出産の前年と比べると6割所得が減るという結果になっています。仕事を辞める人も含んでいるのでこれだけの下落幅になっていますが、仕事を継続する人に限っても、その後短時間勤務を続けたり、キャリアチェンジを図ったりで、やはり3〜4割低い所得水準になっていると考えられます。昇進昇格の可能性の低い仕事を続けるので、キャリアの分断がない人と比べて、長期的にみても生涯所得の差は縮まりません。

認知バイアスによって女性が過小評価される

こうした構造的な原因に並んで近年重要視されているのが、目に見えにくい、ジェンダー・バイアスです。能力が同じであっても性別が違うだけで、異なる評価、処遇を与えてしまう傾向がさまざまな局面で見られます。ジェンダー・バイアスがどうして起こるのか。要因として、ジェンダー・ステレオタイプと統計的差別の2つがあります。まずは、ジェンダー・ステレオタイプについて解説します。これは、性別の違いについて人々が持っている固定的な思い込みや偏見です。

例えば、リーダーの典型像は男性というイメージを持たれており、女性はどちらかというと、サポート役であるというイメージを持たれがちです。こういったジェンダー・ステレオタイプがあると、合致しない人は反感を持たれてしまいます。女性でリーダーシップを発揮すると、男性側から「生意気な女性だ」と受け止められて、逆に評価が下がる現象が見られます。

こうしたジェンダー・ステレオタイプが生じる理由としては、いくつかの認知バイアスが挙げられます。 まずは代表性ヒューリスティック、つまり典型的だと思われることを過大評価してしまう認知バイアスを多くの人が持っています。

2つめが確証バイアスですね。自分がある信念を持っている時、その信念に合致した事実を見た時には記憶しますが、信念に合わない現象を見ると無意識に排除してしまう認知バイアスです。

ハロー効果というものもあります。ある人に好感を持つと、その人のやること全てがよく見えてしまう。一方で反感を持つと、マイナスな面ばかり見えてしまう。女性がリーダーシップを発揮すると、ジェンダー・ステレオタイプを持つ人からはネガティブな面が見えて、低い評価を与えてしまう現象が生じます。

合理的に見える統計的差別の落とし穴

統計的差別は、過去の経験、あるいは統計的な事実に基づいて、あるグループに対して合理的な判断の結果差別を行うことです。例えば、女性は離職率が高いことを多くのマネージャーが知っている、あるいは信じている。すると、能力が同じ男性、女性がいた時に、成長機会のあるアサインメントや効果の高い選抜型研修で、男性に機会を与えてしまいがちです。女性は退職する確率が高いので、投資リターンが低いと考えるからです。この統計的差別は一見合理的ですが、自己成就的な側面があります。

男性と女性を平等に扱っていれば、女性も辞めないかもしれない。ところが、男性を優遇するため、女性はこの会社にいても将来がないと感じて辞めてしまう。その女性が辞める現象を見て、管理職が「やっぱり女性は離職率が高い」という思い込みをさらに深めてしまう傾向が出てきます。

また、女性は男性と比べて人的ネットワークを広げにくい傾向があります。男性上司は男性部下と飲みに行く傾向があります。女性は誘われなかったり、あるいは時間的な制約でその場にいなかったりすると、上司や経営陣がどう考えているのかなどの情報を得にくくなります。誰に相談すればいいのか、あるいは誰を味方につければいいのかわからないので、力を発揮しにくい状況に置かれてしまうわけです。

男女格差を解消するための4つのアプローチ

ここまでお話した原因を念頭に置いて、男女格差を解消するためには、大きく分けて4つのアプローチがあると思います。

1つは、組織的な責任を明確にすることです。人事部やD&I推進室が動いても、なかなか従業員は本気になりません。従業員、あるいは全ての管理職に真剣になってもらうためには、やはり経営陣が真剣にならなくてはなりません。したがって、社長の直下にD&I推進室を置いて、社長が説明責任を持つ。投資家たちにも、自社の様々な取り組みについて、情報公開し、目標値を設定する。それに対して社長が説明責任を発揮する。これがまず1つめです。

2つめに、性別役割分業あるいは、チャイルドペナルティなどの問題を解消するために、人事制度、あるいは会社の仕事の進め方を改革する必要があります。その中で注目されるものが「ジョブ型雇用」です。

ジョブ型雇用を推進するためには、職の標準化だけではなくて、人事権を現場に落とす必要があります。これにより、一人ひとりがキャリア形成にオーナーシップを持てるようになるのです。また、優秀な人を集めるために、働きやすい職場づくりにも取り組む必要があります。

自律的なキャリア形成ができる職場や、自己研鑽の機会が与えられている職場では、長期的なキャリアビジョンに従って行動できます。例えば、出産によってキャリアの中断が予想される場合には、事前に必要なスキル、経験を積んでしまおうと頑張るわけですね。あるいは育児後仕事に投入できる時間が増えるに従ってキャリアプランに沿った仕事に戻していける。そういった自由度を高める意味で、ジョブ型雇用は非常に好ましい特徴を持っています。

柔軟な働き方を可能にするために、積極的にチームを活用することも重要です。チームワークにすることで、チームメンバーがお互いを補完する役割を担えます。誰かが抜けても、他のメンバーがサポートできる体制が理想的です。

人事データで格差の最大要因を特定すべき

3つめは、ジェンダー・バイアスに関する理解を広げる研修や、管理職へのフィードバック、つまり部下や同僚がその人の管理スタイルに対して、どんな印象あるいは評価を持っているか定期的にフィードバックを実施することです。部下が生き生きと働くためには、どんな環境を提供すればいいのか、どんな処遇をすればいいのか、継続的に考える機会を作ることが重要であると考えています。

4つめは、情報ネットワークの男女間格差を縮小することです。これはメンター制度が効果があると言われています。

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(画像引用:大湾教授 発表資料)

男女賃金格差は様々な要因が複合的に重なって生じます。人事データを使って会社で起きている格差の1番大きな要因を特定できたら、そこをターゲットにして施策に取り組みます。そこで成果をあげられたら、他の要因に広げていくことができます。

また施策に取り組む時に、その進捗をはかる上で有効なKPIを設定することも、非常に重要です。KPIを見せることで、経営陣のコミットメントを引き出せます。KPIを評価基準に入れることも効果的です。また、ステークホルダーがKPIをモニタリングできるようにすることで、日常的に取り組みの成果を実感できることも大事です。

早稲田大学政治経済学術院 教授 大湾 秀雄氏 プロフィール

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1964年生まれ。東京大学理学部卒業。株式会社野村総合研究所勤務を経て、留学。コロンビア大学経済学修士、スタンフォード大学経営大学院博士 (Ph.D.)。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、2018年から現職。(独)経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。専門は、人事経済学、組織経済学、および労働経済学。著書に『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(2017年日本経済新聞出版社)。人事面の経営課題解決のための実務家向け研究会や講座を主宰する。

本記事は2023年3月時点の内容です。

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