【トークセッション】女性活躍に向けたやりがい投資と人的資本開示

更新日 2023.04.202023.04.20対談

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Great Place to Work® Institute Japan(GPTW Japan)は、「働きがい認定企業」(2021年7月~2022年9月調査実施)の中から、特に女性の働きがいに優れた企業を各企業規模部門別に上位5社選出しました。女性ランキングは2017年版より発表しており今回で7回目となります。
女性活躍に向けた「やりがい投資」と「人的資本開示」の2つのテーマについて、早稲田大学政治経済学術院 教授の大湾秀雄氏とGPTW Japan 代表の荒川が対談しました。

※本記事は2023年版日本における「働きがいのある会社」女性ランキング記者発表会の抄録です。

従業員の「やりがい」を引き出すには?

荒川 我々GPTWは働きがいを「働きやすさ」と「やりがい」の2つを合わせて「働きがい」と表現しています。日本企業は女性を活躍させるために「働きやすさ」つまり、労働環境の整備に尽力してきました。これからは「やりがい」に目を向けなくてはいけないと思うのですが、先生はどう考えていらっしゃいますか?

大湾氏(以下、大湾) やりがいに影響与える要因はたくさんあると思うんですけど、日本企業にとって1番大きな問題は、 「自律的なキャリア形成ができないこと」だと考えています。自律的なキャリア形成によって仕事に興味を持つし、スキルを身につけるための行動に繋がるわけですね。自律的なキャリア形成ができる職場は、社内のキャリアが標準化・体系化・可視化されていることが特徴です。「あの人のようなキャリアを歩みたい」と思ったとき、プロセスがイメージできるということですね。

もう1つ大事なのは、人事権が現場にあることです。例えば採用・育成・異動・配置に関して、現場にある程度権限があり、従業員にも選ぶ権利がある仕組みにすると、社内に労働市場ができるわけですね。内部労働市場を通じたプレッシャーによって「職場を良くしていこう」というモチベーションを多くの管理職が持つことが大事だと思っています。

加えて、従業員が自分の行きたい職場を選べる仕組みを導入することですね。それがあれば、長期的に自分は何をしたいか、入社した時から考え続けることができます。人事部が「本人の希望をある程度考慮に入れる」としていても、該当するのは一部で、多くは人事部の都合で人を動かしてるわけです。自分が将来何をするのかわからない状況ではキャリア展望ができません。キャリア展望ができると、どういったスキルや経験を身につけるべきか考えて行動するので、働きがいも生まれると思うんですよね。

日本は「仕事が面白い」と答える人の割合が小さい

大湾 キャリア展望の重要性を表すエビデンスとして、「仕事の面白さ」を国際比較したグラフをご覧ください。

仕事の面白さの国際比較

(画像引用:大湾教授 発表資料)

各国で「あなたの仕事は面白いですか」という質問をしています。棒グラフの1番下の黒い部分が「非常に面白い」。グレーの部分が「面白い」で、白の部分はどちらでもない、要するに「わからない」と答えています。ドットの部分が「面白くない」、ストライプの部分は「全く面白くない」と答えています。日本は一番右の棒グラフで、約半分の人しか自分の仕事が面白いと感じていないことが分かります。

欧米の主要国を見ると、大体7、8割方の人は、「自分の仕事は面白い」と回答しています。CHはスイスですが、9割の人が仕事は面白いと答えていることがわかります。

仕事の面白さは何によって決まるのか

(画像引用:大湾教授 発表資料)

上の表は、日本とそれ以外のOECD主要国で、仕事の面白さを決定づける要因を比較したものです。

日本の場合、1番大きな決定要因は「興味関心のマッチ」で、2番目が「人間関係」です。これらを踏まえると、先ほど見た日本人で仕事が面白くないと言っている人たちは、「自分の仕事が自分の興味関心とマッチしていないから」あるいは「人間関係が良くないから」面白くないと感じているわけです。これはおそらく、人事部が集権的にアサインしているため起きている問題だと思います。対応策としては、社内公募制度やフリーエージェント制度などを拡充し、従業員がやりたい仕事に応募できることが重要だと考えます。

荒川 だから先生は「自律」がキーワードだとおっしゃってるわけですね。自律的にキャリアを構想して、選択できる仕組みが必要で、そこに向けて自分で考えるからこそ、「早くスキルをつけよう」とか、ライフイベントを踏まえて中長期の構想ができると。

どうしても「この上司が嫌だ」とか「あの人と一緒に働きたくない」とか、近視眼的なところにとらわれてしまうのが、今の日本なのかなと思いながらお話を聞いておりました。

人的資本投資の効果を最大化するための前提条件

荒川 では次のテーマに移ります。「人的資本開示の流れが男女格差是正に与える影響は?」です。

人的資本開示や人的資本経営は、今のホットワードかなと思うんですが、男女の格差是正においても、いい流れだと思っております。男女平等の実態がどうなのかもわかります。先生はどのような影響があるとお考えですか。

大湾 質問の趣旨とずれるかもしれませんが、「労働市場における競争を通じた企業行動の改善」がなくては、人的資本開示や人的資本投資の効果があまり期待できないと考えています。

人的資本投資を生み出す2つのロジック

(画像引用:大湾教授 発表資料)

経済学には、人的資本投資を生み出すための2つのロジックがあります。

労働市場の摩擦というのは転職コスト、あるいは情報の非対称性などを指します。摩擦の大きい労働市場では、例えば、ある人の生産性を現在の雇用主以外の他の潜在的雇用主は知らないので、その人の生産性にあったオファーができないとか、そういうことが起こるわけです。特に日本の労働市場は摩擦が大きいと言われています。そのため、長期的雇用関係があって、労働市場に摩擦があると、従業員を囲い込めるわけです。辞める心配がないので、安心して投資ができるというロジックですね。

もう1つ、重要なロジックがあります。企業間で優秀な人材を取るための競争が働いている状況を考えてみましょう。長期的雇用関係がある前提で企業が情報開示をしていくと、労働市場の競争を通じて、人的資本投資が促される効果が期待できます。

人的資本理論のパイオニアは、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ゲーリー・ベッカーです。彼が最初に書いた論文では、人的資本投資には2つの条件が必要だとされています。1つは人的資本投資の内容を契約に書けること。つまり、従業員と雇用主との合意事項として存在することですね。

2つめに労働市場が競争的であることです。競争が働いて育成投資が促されます。契約に書くのは無理でしょうと思われるかもしれませんが、長期的な雇用関係がありますので、 必ずしも明示的な契約が必要なわけではありません。会社が従業員を大切にする、従業員のためにこれだけ投資するという、その期待を持っていれば契約と同じ働きをもちます。

人的資本投資の効果を最大化するには?

企業の人的資本投資水準の大小関係

(画像引用:大湾教授 発表資料)

大湾 上の表を見てください。摩擦を通じて引き起こされる人的資本投資よりも、競争的な労働市場を通じて引き起こされる人的資本投資の方が、効果が高いということを表しています。摩擦だけに頼った人的資本投資は、決して効率的な水準にはならないんですね。

競争が完全であれば非常に効率的な水準に達し、社会的な付加価値を最大にする投資を企業が行うという結果が、経済学者の間で広く知られています。

今回の人的資本投資は、表の右側に進むための政策変更だと我々は捉えていますので、労働市場を競争的にする政策も一緒にやるべきです。しかし、そういう視点が今の日本政府には欠けていると感じています。

長期的なビジョンの下で人的資本を開示していくためには、潜在的な求職者に対して、どういう情報を伝えていくかが非常に重要です。働きやすい職場であること「これだけ従業員に対して投資している」などの内容を具体的な施策として打ち出すことが求められます。ただし、投資に対する規模感がわかる情報と、施策の効果をどのようなKPIを通じて見ていくのかなどもあわせて開示していく必要があると考えています。

荒川 競争的な労働市場とは、人がどんどん動いている状態のことですね。企業としては「この人に投資しても出ていってしまうから投資したくない」という考えが今の日本だと思いますが、「出ていくかもしれないけれど投資することが大事」ということですか。

大湾 良い会社には優秀な人が応募します。そこで働きたい人が増えるので、トレーニング期間の給料を高く設定する必要はありません。ですから、最初の給料は安いけれど、高い生涯賃金になるという期待が生み出せれば人が集まります。トレーニング期間の給料を下げることで、ある程度投資コストを回収できるということです。

もう1つ重要なことは、どれだけ優秀な経営人材を育成できるかです。採用市場において、どれだけ優秀でクリエイティブな人間を集められるかが、会社の長期的な価値に影響を与えます。それが生み出す価値によって、投資の大部分が回収できる側面もあるのです。

荒川 まだまだお話を伺いたいところですが、お時間になりましたのでトークセッションはここまでとさせていただきます。先生、本日はありがとうございました。

早稲田大学政治経済学術院 教授 大湾 秀雄氏 プロフィール

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1964年生まれ。東京大学理学部卒業。株式会社野村総合研究所勤務を経て、留学。コロンビア大学経済学修士、スタンフォード大学経営大学院博士 (Ph.D.)。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、2018年から現職。(独)経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。専門は、人事経済学、組織経済学、および労働経済学。著書に『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(2017年日本経済新聞出版社)。人事面の経営課題解決のための実務家向け研究会や講座を主宰する。

Great Place To Work® Institute Japan 代表 荒川 陽子 プロフィール

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2003年HRR株式会社(現 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ)入社。営業職として中小~大手企業までを幅広く担当。顧客企業が抱える人・組織課題に対するソリューション提案を担う。2012年から管理職として営業組織をマネジメントしつつ、2015年には同社の組織行動研究所を兼務し、女性活躍推進テーマの研究を行う。2020 年より現職。コロナ禍をきっかけに働き方と生活のあり方を見直し、小田原に移住。自然豊かな環境での子育てを楽しみつつ、日本社会に働きがいのある会社を一社でも増やすための活動をしている。

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