人的資本経営とは?ESG・SDGsとの関係や推進のポイントを解説

更新日 2024.11.262023.01.27コラム

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近年、「人的資本経営」や「人的資本開示」という言葉を頻繁に耳にするようになってきました。しかし言葉としてはよく聞くものの、中身はあまり分かっていないという方もいるのではないでしょうか。そこで本記事では、人的資本経営がなぜ今求められているのかという社会的背景や、人的資本開示の19項目、人的資本経営を推進する上でのポイント等についてお伝えします。

人的資本経営とは?

まず「人的資本経営」とは端的に言うとどのような意味なのでしょうか。経済産業省のホームページでは、『人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』という説明がなされています。

ポイントは人材を「資本」として捉える、という点にあります。「人的資本」と似たような言葉として「人的資源」がありますが、この二つの言葉は似ているようで考え方が異なります。

・人的資源:人材に投じる資金を「コスト」として捉える。「今既にあるものをいかに消費するか」という“管理”の側面が強い。経営状況次第で容易にコストカットの対象にもなる。

・人的資本:人材に投じる資金を価値創造に向けた「投資」として捉える。人材が元々持っている能力やスキルが元手(資本)となり、会社の環境や教育を通じて、その価値はプラスにもマイナスにも変動する。

人的資源と人的資本の違い

人的資源の考え方では、P/L上で採算を取るためにどう人材をやり繰りするかという話になってきます。利益をコントロールするために、「今苦しいから来年は新卒採用を止めよう」「利益が出てきたけど、先のことは分からないから社員の給与は据え置きにしよう」といった判断がなされるケースは多くの企業で起きてきたことです。しかし、そのように目先の負担を回避することだけを繰り返していると、今いる従業員に負担がかかり、離職が増え、売上が減り、また人件費を削減し・・・という負のスパイラルに陥ってしまいます。時に「リスクを取って投資をする」ことは企業経営において不可欠であり、また人材はその投資対象として最優先に考えるべきものとも言えるでしょう。

最も、「リスクを取って投資」と言っても、人的資本経営は博打ではありません。準備と実践が確実に出来ていれば、短期間で先行投資を回収し、プラスαの価値を生み出していくと考えられます。それは運良くなされるようなものではなく、採用、育成、制度構築といった様々なプロセスが、根拠を持って戦略的に遂行されることが欠かせません。

そうした人材戦略を描き、投資判断を行うのは他でもなく「経営層」や「人事」の方々です。特に日本の人事部門については、世界と比較しても「価値提供部門(バリュードライバー)」ではなく「管理部門(アドミニストレータ―)」としてみなされている傾向が強い、という調査結果があります(*1)。ぜひ人的資本経営を推進していく人事の皆様には、「企業の価値向上に人材という側面で貢献していく第一人者である」という自負を大切にして頂きたいと思います。

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人的資本経営が注目され始めた背景

とはいえ、人材を企業価値向上の要と捉えること自体は、昔から言われてきたことのように思われるかもしれません。それにも関わらずここ数年になって人的資本経営が急激に注目されているのは何故なのでしょうか。

それは、多くの企業にとって無くてはならない存在である「投資家」が企業を見る指標として、有価証券報告書などの財務情報だけでなく「非財務情報」を重要視する潮流に変わってきているためです。非財務情報とは、企業の6つの経営資源のうち財務資本を除く資本―人的資本、自然資本、知的資本、製造資本、社会・関係資本―に関する情報のことを指します。

企業の6つの経営資源

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財務情報が重視されるようになった背景

ではなぜ、投資家は非財務情報を重視するようになったのでしょうか?これには、先進国の資本市場の流れが株主資本主義からステークホルダー資本主義に舵を切っていることが大きく影響していると言えます。

株主資本主義とは、企業が株主利益の追求を最優先しようとする考え方のことです。1970年代の米国経済は不況に見舞われ、転換が求められていました。それに対し、政府の介入を最小限にして民間(企業同士)の自由競争を促進させる、「新自由主義」の経済政策が取られるようになります。日本でもバブル崩壊後、同様の政策が取られました。

実際のところ、1980年代以降のS&P500平均株価は、リーマンショック等の一時的な不況を除いて急速に右肩上がりで伸びてきました。日経平均株価についても米国のような勢いは無いものの、2021年には実に30年半ぶりに3万円台へ回帰しています。新自由主義は株主価値の最大化という点において一定の効果があったと見てよいでしょう。

しかし昨今、株主資本主義がもたらす以下のような弊害が問題視されています。

■ 貧富の差の拡大
仏経済学者のトマ・ピケティは、「資産運用によって得られる富は、労働によって得られる富よりも成長が早い」ことを証明しました。つまり資本主義が行き過ぎることは、資産家はより裕福に、労働者は相対的に貧困になり、貧富の差が拡大してしまうことに繋がるのです。

■ 環境問題
大気汚染、地球温暖化、生物多様性の減少といった環境問題が世界的に浮き彫りになっています。これまで、企業が環境問題に配慮することは「コスト増加」や「リスク対応」としか捉えられないことが多くありました。しかし現在は企業を含む社会構造を変えることで環境問題に対応することの重要性が高くなっています。

■ 長期的な成長戦略の欠如
短期的な利潤最大化を要求するマーケットの声に応えようとすると、企業は必然的に長期的な成長戦略に投資しにくくなります。変化の激しいVUCA時代において、長期的な成長戦略が描けないことのリスクは以前より増していると言えるでしょう。

こういった問題の顕在化を受け株主資本主義に台頭してきているのが、ステークホルダー資本主義です。ステークホルダー資本主義とは、環境・顧客・仕入れ先・地域社会・社員・株主といった、あらゆるステークホルダーにバランスよく配慮するという考え方です。株主はあくまでステークホルダーの一部であり、最優先ではないということが主要先進国リーダーの共通認識とされました。

株主資本主義とステークホルダー資本主義の違い

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ESG・SDGsとの関係性

企業がステークホルダー資本主義を推進するためには、当然ながら投資家も同じ方向を見ていなければ実現できません。そこで昨今投資家の間で大きな潮流となっているのがESG投資です。

ESG投資とは、以下のE・S・Gの観点に配慮して投資判断を行うことを指します。人的資本の項目は、「S(社会)」のカテゴリーに入っています。

E(Environment=環境) 地球温暖化、自然資源、廃棄物、環境機会など
S(Social=社会) 人的資本、製品安全性、調達、社会機会など
G(Governance=コーポレートガバナンス) 取締役会、報酬、会計、株主支配、汚職/賄賂、公正取引、企業倫理など

見ていただくとわかると思いますが、こういった項目は財務諸表では可視化できない情報=非財務情報です。中長期的な価値、つまりあらゆるステークホルダーに配慮した持続可能な企業であるかということを判断するには、非財務情報が重要な鍵を握っているということです。

2022年現在、世界で5,220社、うち日本では119社の投資機関が、「ESGの観点を投資判断に組み入れる」ことを宣言しています(国連責任投資原則への署名)。これはもはや不可逆的な潮流と言えるでしょう。そして投資機関がESG投資をすると宣言した以上、企業側にはESG経営への早急な対応が求められます。ESG対応をしていない企業は、ダイベストメント(投資撤退)されてしまう運命にあるのです。

また、2015年に国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)のゴールと、ESGの指標は、内容が非常に近しいものとなっています。つまりどちらも背景にある問題意識や目指している世界は同じで、企業の持続可能性を高めるのはもちろんのこと、その総和として社会の持続可能性を高めるというところにあるのです。

関連記事:SDGsの達成に向けたGPTW指標活用のすすめ

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人的資本の重要性

先述したように企業の非財務資本は人的資本以外にも様々なものがありますが、特に人的資本への注目度は高いと言えます。

日本では2021年に岸田政権が発足してから、「新しい資本主義」を掲げています。新しい資本主義はステークホルダー資本主義と同様の思想に基づいており、株主資本主義によって行き過ぎてしまった部分を是正していくという狙いがあります。
この新しい資本主義の柱として、以下の4つが掲げられています。

  • 人への投資
  • 科学技術・イノベーションへの投資
  • スタートアップへの投資
  • GX、DXへの投資

中でも「人への投資」は、「科学技術・イノベーション、スタートアップ、GX、DXに共通する基盤への中核的な投資である」とその重要性が一層高いことが政府資料で明記されています(*2)。経済産業省からは、人的資本経営の考え方や実践ステップを示した「人材版伊藤レポート」(2020年)、「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)が発行されたことも話題を呼びました。

政府は今後各種規制・ルールの見直しや財政政策によって「人への投資」を力強く推し進めていくことが予想されますが、最終的に人的資本経営を成功させるかどうかは各企業にかかっていることは言うまでもありません。企業は人的資本経営の裏側にこれまで説明したような社会的背景があることを理解し、真の意味でその重要性に気づくことが改革のスタートラインとなります。

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情報開示が求められる19項目の人的資本とは?

人的資本経営と並んでよく聞かれる言葉として「人的資本開示」があります。人的資本開示とは、非財務情報のひとつとして人的資本についての情報を投資家が判断しやすい形で開示することです。すなわちESG投資の一部分を担っていると言えるでしょう。

日本における人的資本開示の動きとして、まずは有価証券報告書(有報)を発行する大手企業4,000社が2023年3月期より有報に人的資本の情報を記載することが義務化されました。開示の指針として政府より示されているのが、以下の7分野19項目です。

政府の人的資本可視化指針(2022年8月時点)

具体的な開示方法については未だ議論中のところもありますが、この19項目全てを明らかにする必要はなく、自社の経営戦略・人材戦略に沿った項目を選択し、以下の4つの基準で整理して開示するという方向性で調整がされているようです。

<人的資本開示の4つの観点>

  • リスク管理
  • 価値向上
  • 比較可能性
  • 独自性

まず「リスク管理」と「価値向上」に関しては、対照的なものとして投資家はどちらの側面も大事にして見ていくということだと考えられます。例えば労働慣行、コンプライアンスといった項目は「リスク管理」の側面が強く、逆にリーダーシップ・育成・エンゲージメントといった項目は「価値向上」の側面が強いと言えるでしょう。また、ダイバーシティや身体的・精神的健康のように、リスク管理と価値向上のどちらの観点も含んでいる項目もあります。

次に「比較可能性」と「独自性」についても対照的であり、企業には双方の観点が求められます。「比較可能性」は業界内外の他社と比較できるということで、例えば離職率や女性管理職比率がそれに当たります。しかし、他社との比較を気にするあまり独自性ある開示が抑制されることは本意ではないというのが政府の考えです。「独自性」のある開示項目とは、比較可能性は無いものの、自社の戦略に照らすと重要だと定めて開示する項目のことを指します。例えば人材戦略としてチャレンジする風土を大切にしており、その指標として独自に社員アンケートを取ってチャレンジの度合いを数値化したものを開示する、といったケースなどが挙げられるでしょう。

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人的資本経営を進める際に注意すべき点

人的資本経営を進める上で気を付けて頂きたいのは、「情報開示ありきの施策にならないようにする」ということです。特に大手企業は人的資本開示の義務化が迫っており、それはその開示項目を元にした投資判断が始まるということを意味します。そうなってくると、開示する項目をどうにか他社と比較して見劣りのしないものにしなければと考えてしまうこともあるでしょう。しかし、それでは短期志向に陥った「株主資本主義」と何も変わらないということに気付かなければなりません。

人的資本開示は、株主という「一部の」ステークホルダーに向けたものであり、人的資本経営の全てではないという意識を持つことが大切であると筆者は考えています。例えば株主・投資家との対話場面で開示項目に対する指摘や改善要求を受けた際に、言われるがままに対応するよりも、経営として明確に戦略を持っていること、そしてその戦略に照らし合わせたときの現状の根拠と今後の見通しを語れることの方がよほど要であると言えるでしょう。このことをより多くの企業(経営者)と投資家が理解することが、社会全体でのサステナブルな経営に繋がっていきます。

人的資本経営と人的資本開示の関係

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人的資本経営の推進に向けたポイント

では、人的資本経営を成功させるためには何がポイントとなってくるのでしょうか。大前提として意識して頂きたいのは、「徹底的に個(従業員)の視点に立って考える」ということです。

例えば、企業として女性管理職を●%まで増やすという目標を立てていても、中々目標に近づいていかないとします。そういった状況の背景を知るために女性従業員に話を聞いてみると、「そもそも働きやすい環境が無いのに、管理職なんて無理」「ロールモデルがいないから自分にやり切れるのか不安」といった声が浮き彫りになってくることがあります。

このように企業で課題視されていることの多くは、従業員の気持ちの問題に関わるところが非常に大きいのです。ですから、一人ひとりの従業員にとって働きがいのある職場を築くことがまず重要です。人的資本可視化の19項目の一つにも「エンゲージメント」があり、これは働きがいと類似するものですが、単なる開示項目の一つとして捉えるだけでは不十分です。エンゲージメント(働きがい)は、他の開示項目にも影響を与える、いわば源泉であると捉えて頂きたいと思います。

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エンゲージメント(働きがい)を高めるステップ

人的資本経営の根幹としてエンゲージメント(働きがい)を高めることの重要性をお伝えしましたが、どのように高めていけば良いのでしょうか。

エンゲージメントを高めるステップは主に以下の4つに分けられます。従業員の気持ちというのは、経営や人事としては把握しているつもりでも、やはり本人達に聞かないと見えてこない部分が多くあります。そのため、従業員サーベイ(アンケート)を基点として取り組みを進めていくことをおすすめしています。

<エンゲージメント(働きがい)を高めるステップ>

  • はじめに:ありたい職場の姿を描く
  • ステップ1:従業員サーベイの実施
  • ステップ2:調査結果から取り組みテーマを決める
  • ステップ3:打ち手の機会を広げる
  • ステップ4:取り組み内容を決める

各ステップの具体的な内容は以下の記事で解説していますので、是非ご覧ください。

関連記事:エンゲージメントとは?従業員満足度との違いや高める方法

また、GPTWが提供する従業員サーベイの「働きがいのある会社」調査も、人的資本経営を進める上で有用なツールとなっています。自社のエンゲージメントの状態を数値で可視化できるのはもちろん、スコアが一定水準だった場合は「働きがいのある会社」認定・ランキングに選出され、人的資本開示の文脈で有効です。経営や人事に携わる方は、ご検討ください。

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まとめ

人的資本経営について、人的資本開示の流れも踏まえながら解説してきました。これらが叫ばれるようになった背景を知っておくことは、それを本質的に実践するためにも大切なことであると言えます。松下幸之助氏が残した「企業は社会の公器」という考え方が、今まさに必要とされる時代になっています。あらゆるステークホルダーに価値を還元するために、自社はどういった戦略で人的資本経営を進めていくべきなのかを、経営戦略と紐付けながら検討していきましょう。

*1・・・KMPG「Future of HR 2020 岐路に立つ日本の人事部門 変革の一手」

*2・・・経済産業省「経済財政運営と改革の基本方針2022 について」

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Great Place to Work(R) Institute Japan 明石 美瑛

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新卒で総合広告代理店に入社し、BtoB・BtoC問わず様々な業種の企業のマーケティング・ブランディングに携わる。
2018年にGreat Place to Work(R) Institute Japanに参画し、マーケティング・広報を主に担当。「働きがいのある会社」に関する調査・研究や、認定・ランキングの普及に努める。

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