【渋澤健】これから成長する企業は「人」に投資している

更新日 2022.04.222022.04.22メディア掲載

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ここ数年でSDGsやESGといった概念が注目され、企業にもサステナブルであることが求められている。そこで重視されるのが、「パーパス」等とも密接に関係する「組織資産」「人的資産」「顧客資産」といった無形資産。財務諸表ではかれない価値こそ、企業の未来を映すのだ。
では今、企業は何に投資すべきか。サステナブルな理想の組織とは、一体どんなものか。
今年2月に日本における「働きがいのある会社」ランキング(2022年版)を発表したGreat Place to Work®(GPTW) Institute Japan代表の荒川陽子氏と、シブサワ・アンド・カンパニー代表の渋澤健氏が意見を交わす。
※GPTWは世界約60ヶ国で、働きがいに関する調査の結果が一定水準を超えた企業を「働きがい認定企業」、さらにその上位企業を「働きがいのある会社」ランキングとして発表している。

※本コンテンツはNewsPicksの記事(https://newspicks.com/news/6641920/新しいタブまたはウィンドウで開きます、2022年2月14日公開)を許可を得て転載したものです。無断転載を禁じます。

財務諸表で「見えない」企業の価値こそ本物

荒川 私たちGPTWは30年前、アメリカで「いい会社、働きがいのある会社ってどんな会社なんだろう」と調査を始めました。

多くの企業と何万という従業員にインタビューをしながら、「働きがい」を構成する要素を分析し、質問に落とし込んで、働きがいを測るツールとして整理してきたんです。

渋澤 昔からアメリカの雑誌でGPTWの記事を読んでいたので、よく知っていますよ。

最新の「働きがいのある会社ランキング」を見て「やっぱりね」と思ったのが、日本を代表するような企業ではなく、外資系とか、横文字の新しい「イケてる」企業が並んでいること。これは日本社会、日本企業が直視すべき課題だと思います。

荒川 ランキングはエントリー企業から選出するので、国内の有名企業には私たちのランキングに参加することの価値を感じていただけていないのかな、と感じています。

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渋澤 でも最近、優秀な人を採用するには「働きがい」は欠かせません。自社を「Great Place to Work」と思っていたら、参加しそうなものですけどね。

単なる「Place to Work」であって、「Greatじゃない」という自覚があるからこそ、敬遠しているんじゃないですか(笑)。

働きがいの有無はアンケートで調査するんですよね。

荒川 2種類のアンケートを行います。一つは従業員が今の職場について感じていることを聞く。もう一つは、企業にどんな価値観があり、またどんな人事施策・制度があるかを聞く。

この両側面から働きがいの度合いを測定し、認定を行ったり、ランキングをつけたりしています。

GPTWの特徴は、働きがいを「働きやすさ」と「やりがい」の2つに分解して分析することでしょう。

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渋澤 最近、働きがいという言葉をよく聞きますが、そうすると今度は「働きやすさ」が見落とされがちです。

荒川 バランスが難しいですよね。仕事に誇りを持ち、社会的意義を感じていても、それだけだとなかなか持続しない。労働環境や報酬、柔軟に働けるかといった働きやすさも同時に叶えていく必要があります。

渋澤 「新しい資本主義」という言葉も最近よく聞くようになりました。

企業が金銭的な資本を向上させることばかりに着眼して、環境や社会など、いろいろな課題に向き合ってこなかった。それを転換させなければと考える人が一定数いるからこそ、出てきた言葉でしょう。

media_220422_03.png 財務諸表で見える企業の価値は、あくまでも現在の価値です。私が創業したコモンズ投信は長期投資を志向していますから、今だけ業績がよくてもダメ。ひょっとすると、焼畑商業で価値を絞り出しているだけかもしれませんから。

あなたの企業は人的資本に投資しているか

渋澤 では、未来の価値はどうやって推測するかというと、今、どれだけ優れた人が集まっているか。これから先、優れた人を増やすためにどれだけ人に投資しているか。「人」に尽きるんです。

荒川 企業は人の集合体ですから、従業員の力を高めないと、成長しようがありませんよね。

渋澤 岸田文雄総理も「人に投資する」と話されていますが、日本はこれまで、本当に人に投資をしてきませんでした。GDPに占める、企業が能力開発に投じた費用の割合を海外と比較すると、一目瞭然です。

アメリカは2.08、欧州は平均すると1.5程度。ところが日本は0.1なんです。

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荒川 すごい差ですね。「ISO30414」として人的資本に関する情報開示のガイドラインが定められました。今まで人に投資をせず、可視化もしてこなかった日本企業は大慌てです。

渋澤 この調査は5年ごとに厚生労働省が行なっていますが、悪いことに徐々に下がってきています。OJTは除外されるので、日本の数値はなおさら低く出る。
年功序列、終身雇用が当たり前だと「俺の背中を見て学べ」となりがちで、わざわざ時間を投じて人を育てようとしないんですよね。

能力開発やダイバーシティといった、もともと日本企業が弱い部分を「数字として示せ」と言われているのが今の潮流です。

よくない数字が出るのがわかっているのに、わざわざ示したくないのはわかるけど、「嫌だな」と放っておくと、ますますボロボロになってしまいます。

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荒川 私たちも企業の能力開発や、女性管理職を増やす、働き方の柔軟性を高めるといった人的資本にかかわる施策については独自に調査しています。

たくさんの取り組みをしている企業ほど、前年比で売り上げの伸び率が高いという相関が出ています。人的資本への投資は企業業績にも影響するということを、経営者の方々には理解していただきたいですね。

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人的資本にかかわる取り組みを多数している企業ほど、前年比で売り上げの伸び率が高い。

渋澤 日本にGreat Place to Workな会社を増やすための第一歩は、自社の立ち位置を認識し、ギャップを埋める作業を行うことでしょう。

「今自分たちがいる位置はここ」「業界水準はこのくらい」「海外と比べるとここ」と、客観的に捉えない限り、前進はありません。 また、新卒一括採用、終身雇用、年功序列といった「昭和モデル」を打破する必要があります。

年功序列だと、裁量を任されるためには10年、20年と下積みが必要ですし、給料も能力によって決まるわけではない。それでは、優秀な人ほどほかの企業に行ってしまいます。すでに若い人たちは「大きな会社に行けば、いい生活を送れる」なんて思っていません。

そのリアリティーが見えていて、施策を打っている企業と、「いやあ、難しいですね」と言っているだけの企業では、10年も経てば、とんでもない差がつくはずです。

日本の若者は失望しながら就活をする

荒川 3年ほどで働きがいがみるみる上がっていく企業もあります。そのもっとも大きな違いは、経営者の本気度。また、「うちの会社のここに働きがいを感じてほしい」と強く感じて、しっかりと打ち出せている企業も改善は早いです。

一方で、人事部が「何とかしたい」と危機感を持っていても、経営者の理解がないと苦戦します。

渋澤 知人の大学教授が「学生は日本の大企業に失望している」と話していました。その理由は型にはめられること、賃金が安いことです。

荒川 感性豊かで可能性の塊である若い人たちが「失望しながら就職活動をする」って、本当によくないですね。

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渋澤 僕もそう思います。ノーベル物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章先生に「どうしてそこまで研究に打ち込めるんですか」と質問すると、「ただ純粋に知りたいからですよ」と。

残念ながら、日本って純粋な気持ちが大事にされない国ですよね。「仕事を通じて社会の役に立ちたい」と純粋な気持ちで就職活動をしている大学生に、「社会の役に立ちたいならNPOでやれば」と言って、挫折させてしまったりする。

逆に、従業員の純粋な気持ちを生かせる会社が「Great Place to Work」になれるんじゃないか。荒川さん、どう思いますか。

荒川 自分らしさを認められて、素の自分でいられる、要は「自分らしく働ける」環境は重要ですね。働きがいのレベルが高い企業は、経営者やマネジメント層と従業員の間に信頼関係があるのも特徴です。

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ただ、個人の思いをもとに勝手に働ければいいというわけではなく、それが企業の「パーパス」とリンクしていることが欠かせません。いろんな人が自分らしくいて、一見するとバラバラなんだけど、一つのパーパスで束ねられているという状態ですね。

渋澤 私はコモンズ投信を2008年に立ち上げました。創業メンバーはどういう思いで会社を立ち上げたか、当然わかっているのですが、新しく人を採用するため、設立の2年後に経営理念を言語化しました。

そのときに、「そもそも企業理念のミッション、ビジョン、バリューって?」と調べると、海外の、特に社会的存在意義を強く訴えたい企業がパーパスという言葉を使っていたんです。

荒川 日本語ではミッションもパーパスも「企業の存在意義」と解されて、同じように扱われることもありますね。

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渋澤 私も最初は混乱しました。でも、今はミッションが「what we do?」なら、パーパスは「why we do?」だと理解しています。

ミッションはもともと宗教から来た言葉です。神のお告げを執行することがミッション。だから「why」なんて差し挟む余地がない。

トム・クルーズの『ミッション・インポッシブル』だって、不可能と思われることにとにかく挑戦するのは、それがミッションだからです(笑)。

そこに落とし穴があるように思っていて、素晴らしいミッションがあっても、従業員は言われたことをただやるだけになることもある。つまり、素晴らしいパーパスがあって、それが浸透していないと、この先イノベーションが起こる芽はないんですよ。

「誰が責任を取るんだ」という前に考えるべきこと

渋澤 コロナ禍によって「なぜわが社が存在しているのか」「どうして自分はここで働いているのか」というwhyを改めて考える状況になりました。その答えを持てないと、折れてしまう状況はこれから先も起こり得ます。

荒川 医療業界で働く人はコロナ禍で、その企業で働くことに今まで以上の誇りを持つようになっていますね。

渋澤 そのこと自体はとても素晴らしい。でも、それだけだとやはりミッションなんですよね。

言われたこと、与えられたことだからやるのではなく、「自分ごととしてそこにいる」。そういう人が多ければ多いほど、企業も力を発揮できます。

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荒川 仕事を自分ごとにする方法は、十人十色です。「社会的に意義がある」「自分らしくいられる」でも「外でも通用するスキルを身につけられる」でもいいでしょう。

同じように、企業のパーパスも、それぞれの企業のカルチャーやカラーをもとに、さまざまでいい。

渋澤 そうでしょうね。ただ、どんなパーパスを掲げる企業にも今後封印してほしい3つのフレーズがあります。

1つ目は「前例がない」。

2つ目が「組織に通らない(私はいいと思うけど、組織では誰かが反対する)」。よく聞くでしょう(笑)。

3つ目が「誰が責任を取るんだ」。そんなこと聞かなくてもわかりきっていますよね。まずは当事者。そして、上司と社長です。だって責任者は責任を取るためにいるんですから。

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このフレーズが出るのは何かに挑戦しようとしている場面、つまり人的資本によって、これから企業が伸びる可能性がある状況なんです。

そこでポテンシャルにかけるのか、芽を摘むのか。それによって数年後の業績が変わってきます。だからこそコモンズ投信は、人的資本をいかに活用できているか、人的資本にいかに投資しているかを見るんです。

荒川 GPTWは2019年に働きがいのモデルを刷新しました。30年前に作った「信頼が大事だ」というモデルに、「すべての人が働きがいを感じられているか」という要素を付け加えたんです。

管理職か否か、性別、勤続年数など、立場や属性にかかわらず活躍できている企業は働きがいのレベルが高く、売上高の伸び率も高いし、株価のパフォーマンスも良好です。

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渋澤 気を付けなきゃいけないのは、因果関係ではなく、あくまで相関関係だということですね。従業員に優しくするだけで業績が上がるわけではありません。

人に投資をしたときに、どのように業績が動くのか、会社内が変わっていくのかを、GPTWのような指標を見ながら試行錯誤を続けることで、企業ごとの活路も開けるはずです。

すぐに正解が見つかるわけではありませんから、10年後、20年後の成長を考えるなら、今すぐにより多くの日本企業に行動を起こしてほしいですね。

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