日本の「失われた30年」を生み出した「経路依存性」を打ち破る最後のチャンスがきた

2021.04.02

opinion_210402_main.jpg

2021年版 日本における「働きがいのある会社」ランキングのオンライン発表・表彰式の場に早稲田大学経営大学院教授 入山 章栄氏をお招きし、世界標準の経営理論をもとにGreat place to workをつくるためのヒントを講演いただいた。

※講演後に行われた入山教授×GPTW代表 荒川の対談はこちら

デジタルテクノロジーによって業界が破壊されている

近頃、毎日のようにさまざまな企業からお問い合わせをいただいています。「入山先生、これからのビジネスや経営はどうなるんでしょう」と。実はコロナ前とお話しする内容はあまり変わっていません。ただ、その「程度」や「スピード」が増しています。具体的に何が加速しているかというと「不確実性」です。コロナ前から我々のビジネスは不確実性が高まっています。

みなさんもご存知の通り、AIとかIoTとかブロックチェーンとか、量子コンピュータとか新しいデジタルのテクノロジーがどんどん入ってきています。デジタルのテクノロジーが入ったところから、大激震が起きているわけです。

まず家電業界が大変なことになって、半導体が大変なことになって、Amazonがやってきたので小売りが大変なことになった。今は紙メディアが大変なことになっていて、おそらく自動車業界がこの数年で一気に波に飲み込まれるはずです。

製薬業はバイオの時代になると言われていますが、バイオはデジタルと非常に相性がいいので、いずれ激動の時代がきます。私はロート製薬の社外取締役をしていますが、そこでもこれからの製薬は大変だよという話をしています。「どうにかなるさ」で済む時代は終わりました。大事なのは変化して新しい価値を生み出すことです。

大きな不確実性、変化が一気にやってくるのは昔からある話です。例えば、1900年のニューヨークの5番街の写真を見てみると、馬車が走っているんです。これからわずか13年後、全部自動車に変わりました。1900年初頭にヘンリーフォードが自動車を発明しましたが、高くて売れなかった。フォード生産方式による大量生産が分岐点だったんです。そこから安い自動車が普及して、6年から7年の間に5番街を走るのは自動車ばかりに。こうした変化は産業革命以降起きていますが、デジタルテクノロジーでさらに加速しています。

日本企業の「経路依存性」が「失われた30年」をつくった

一方で、日本企業は「失われた30年」と言われるように、これまで変化できなかったと言われています。その要因は「経路依存性」です。企業や組織は色々な要素があってうまく噛み合っています。うまく噛み合っているからこそ、どこか一つ時代に合わないから変えようと思っても変えられないんですよね。「経路依存症」が変化を阻害している状態です。

わかりやすい例が「ダイバーシティ経営」。大手企業の女性管理職比率は30%を目標にしていたはずなのにわずか2%です。コロナ前から、私は「ダイバーシティだけ進めようとしても進みませんよ」という話をしてきました。なぜなら、他の要素がダイバーシティと真逆の「同質人材」と噛み合っているから。ダイバーシティを高めたいのなら、新卒一括採用と終身雇用のようなメンバーシップ型雇用をやめなくてはなりません。

さらに言えば、バラバラな人を組織に入れようと思ったら、評価もバラバラであるべき。ところが多くの日本企業は一律の評価制度を持っています。働き方も多様でなくてはなりません。ある人は会社で働きたいかもしれないけれど、ある人は家で働きたいわけです。働き方改革をするためには絶対にDXが必要ですが、全く進んでいなかった。ダイバーシティだけ進めようとしても進まないんですよ。

GPTWのスコアも同じで、一つの要素だけを変えようとしてもうまくいきません。なぜなら、他の要素が経路依存性で古いままだから。一部分だけ変えようとするから結果として全体を変えられないのです。あえて平成の30年を失われたと捉えるのであれば、その失われた最大の理由は「経路依存性」にあります。

ここ最近、DXを試みる企業が増えていますが、私がもしDXを進めるのであれば、まず人事を変えます。なぜなら、デジタル人材は従来の採用や評価ではきてもらえないからです。そのため 私はデジタル担当と人事担当を一緒にした方がいいと勧めています。そして今、コロナによって奇跡的に全てを変えられる可能性が出てきているわけですね。働き方改革が進み、DXも進み出しています。

コロナが収束しても、リモートワークはある程度は残るはずです。その結果何が起こるかというと、評価制度が変わります。コロナ前はただ会社に来て、謎の存在感を放って高い給料をもらっていたおじさんがいました。でもこれからはそのような存在は全滅するでしょう。リモートでは結果が全てですから。

企業の境界線がぼやけて、組織はネットワーク型になる

これから数年は非常に重要な局面です。我々の企業組織や働き方を一気に変えるビックチャンスなんですよ。ただし、最後のチャンスなので、変わろうとしないものは淘汰されていくと私は理解しています。

組織のあり方も、これから大きく変わります。副業がコロナ前から増えてきており、もはや若い人は終身雇用を誰も信じていないわけです。これまでの時代は、企業の中と外の境界線がはっきりしていました。これからは2つ、3つの会社を同時に掛け持ちするとか、会社をやめても出戻りするとか、そういう働き方がどんどん増えるので、企業の境界線がぼやけてきます。人の出入りが激しくなると重要になるのは、人と人とのつながりです。これは海外の経営学でも提唱されていることで、組織は「ネットワーク型」になっていきます。企業と組織の境界がぼやけていく。つまり人が組織を選べる時代になっていくわけです。

大事なのは正解がない中で、自分が働きたい組織を自由に決めて、新しい価値を生み出すこと。これは私も含めて、「自分が何をして生きていくのか」という意志が重要です。その個人の意志が会社や組織とマッチングすることが何より大事であり、まさにマッチングしている会社がGreat place to work というわけです。

続いて「働きがい」というキーワードについてお話しします。予防医学者でメディアからも注目されている石川善樹さんが、こういうことを言っていました。ウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること)ができる人は何ができているかというと、リーダーシップらしいです。

リーダーというと他人を導く人をイメージされると思います。それも大事なのですが、そもそも自分が何をしたいのか、自分のゴールがはっきりしないと自分を導くことができません。自分自身を導くという意味で「セルフリーダーシップ」が重要です。これからのGreat place to workはセルフリーダーシップの高い個人が、自分たちの意志がはっきりしている組織で、共感しながら働くことができる組織だと理解しています。

イノベーションや創造性は「知の探索」から生まれる

自分自身を導くためには、視野が広くなくてはなりません。ずーっと同じ会社にいて、狭い世界しか見ていないようでは、導けるわけがないんですね。「両利きの経営」というイノベーションの重要理論でも知られていますが、大事なのは「知の探索」です。

イノベーションや創造性は「知の探索」から生まれます。人間はどうしても目の前を深掘りしてしまう傾向があり、これを「知の深化」と呼びますが、深みにはまるとイノベーションが生まれなくなります。だから「知の探索」を続ける必要があるのです。

ゴーゴーカレー創業者の宮森さんは、「発想力は移動距離に比例する」とおっしゃっています。宮森さんはどんどん自分を移動させているんですよ。ニューヨークも行くし、今度はインドに出店されるそうです。色々なところで異質な人たち、異質なものを見ている。だからぜひみなさんもコロナが明けたら「知の探索」をしていただきたいと思います。

「知の探索」の知はどこにあるのか。我々人間が持っています。つまりバラバラの人がいっぱいいることが「知の探索」になるわけですね。だからダイバーシティが重要です。一人の人間の中に多様な知見や経験があればそれも「知の探索」になります。これを「イントラパーソナル・ダイバーシティ」と呼びます。日本の会社はこれが足りていません。例えば、私が審査員を務めるウーマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれている人たちの多くは、マルチキャリアです。マルチキャリアが「知の探索」になるから結果的にイノベーティブなことができるのです。

2点目に紹介したい経営理論が「センスメイキング理論」です。「重要なことは正確性ではなく納得性である」という考え方ですね。自分たちが10年後、20年後、30年後にどういう価値を出して、どうやって世の中に貢献して、お金を稼ぐのかということにみんなが納得しているかどうかが重要なんです。もっというと「腹落ち」です。イノベーティブな経営者はほぼ全員、人を納得させる達人だと思います。

グローバル企業はこの納得、腹落ちの仕組みを入れています。例えばシーメンスは「メガ・トレンド」、ネスレは「ニューリアリティー」という仕組みがあるのです。

ビジョンは遠い未来に向かって、自分たちがやりたいこと。一方のバリューは何かといえば価値観です。私はビジョンを動詞、バリューを形容詞と呼んでいます。遠い未来を考えつつ、社員全体の価値観も揃えていかないとGreat place to workにならないので、ビジョンとバリューの両方を高める必要があるわけです。

スタートアップ企業はどちらかというとカリスマ経営者がいて、ビジョンベースでぐいぐい引っ張っています。例えば、イーロン・マスクは人類を救いたいわけですね。そのビジョンに共感する人たちが集まるわけです。

強い未来のビジョンはないけれど「こういう価値観を僕たちは大事にしています」というバリューベースの組織も増えています。とにかくいい感じで働きたいという組織ですね。ビジョンが強い会社、バリューが強い会社は方向性が違うわけです。ちなみに、ビジョンもバリューも弱い会社が、日本に多いと思います。残念ながらそういう会社は人を惹きつけることができません。

「腹落ち」させるには暗黙知の形式知化が不可欠

人を導くためには腹落ちさせなくてはなりません。腹落ちさせるためには何が大事か。自分たちの未来、自分たちのビジョンや価値観が言葉になっていないといけないんです。日本を代表する世界的経営学者の野中郁次郎先生が提唱している知識創造理論が当てはまります。人間には言語化できていない知識や感覚、思いが圧倒的に大きい。我々は形式知に頼りがちですが、実際には暗黙知のほうが豊かなわけです。人は形式知がないと腹落ちしないし、させられないんですよ。

大手企業で新卒一括採用、終身雇用をしている企業は、形式知化できていない状態にあると私は理解しています。この問題に悩んでいる企業は今、デザインシンキングのコンサルを行うBIOTOPEなどの”創型戦略デザインファームと言われるところに頼んでいるんですよ。デザインシンキングは究極の暗黙知の形式知化です。自分たちで暗黙知を形式知化できないから、大手企業がこぞって頼っています。つまり、「我々がやりたいことはこれだよね」っていう形がはっきり見えている会社がGreat place to workですね。

さて、まとめになりますが、まず大事なのが「知の探索」です。これがないとイノベーティブにならないし、視野も広がりません。とはいえこれは大変で続けられないんです。それでも続けるためには自分たちがつくりたい世界や未来の「腹落ち」が企業単位、個人単位で必要であり、「形式知化」されていることが求められます。また、そのためには自分の暗黙知や形式知を豊かにする必要があるので、探索を続けることが求められる。このサイクルがぐるぐる回っている企業組織が強いと思います。

これからの時代の働き方には正解がありません。正解がない中で変化していかなくてはならない。組織の境界がぼやけて、人が自由に行き来するようになります。そうなったときに自分が何をしたいのか明確になっていることが大事。そして、企業と個人のしたいことがマッチングしている組織がまさにGreat place to workなのです。

※講演後に行われた入山教授×GPTW代表 荒川の対談はこちら

入山 章栄氏

早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年 に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 2019 年より現職。専門は経営学。 「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書は「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(英治出版)「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」(日経BP社) 他。 テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のレギュラーコメンテーターを務めるなど、メディアでも活発な情報発信を行っている。

あなたの会社の働きがいを調査してみませんか? 詳細はこちら