テレワークは幸せか? 幸せ・不幸せの因子から考える新しい働き方
特別講演「幸せな働き方入門」慶應義塾大学大学院 前野隆司教授

更新日 2021.12.162021.12.16オピニオン

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2021年11月、GPTWジャパンは「テレワーク環境下における縦・横コミュニケーションの実態調査 ~ニューノーマル時代の働き方における働きがい向上~」と題した研究レポートを発表しました。同レポートの発表に伴い、日本における幸福学研究の第一人者である前野隆司様(慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授)に、「幸せな働き方入門」をテーマに講演していただきました。

幸せに働く従業員は、生産性が高くミスや事故も少ない傾向

まず、私の研究内容である「幸せ」と「Well-being」について説明します。「Well-being」とは直訳すると「良い状態」です。1940年代にWHOが身体的・精神的・社会的に「良好な状態」を健康と定義するとしました。精神的に良い状態、身体的に良い状態、社会的に良い状態、福祉、これらを含めて「Well-being」というわけです。

「幸せに働く」と聞くと、ハッピーに働くというイメージがあるかもしれません。しかしながら、辛いことも苦しいこともあったけれど幸せに働いている…「エンゲージメント」や「やる気」、「思いやり」、「チャレンジ精神」、「理念」、「夢」などを感じながら働いているときも、「幸せ」と言います。ですから、「Well-being」のほうがふさわしいと考えました。「幸せに働く」「幸せに生きる」ことの中に、エンゲージメントや楽しさ、福祉や健康などさまざまな概念が含まれているのです。

世界的にも幸せと「創造性」「生産性」などの関係が研究されています。幸せな社員は、不幸せな社員よりも、創造性が3倍高いという研究結果があります。あるいは生産性が31%高い、売上が37%高いという研究結果もあるのです。あるいは幸福度が高い従業員と低い従業員を比較すると欠勤率が41%、離職率が59%も異なります。さらに業務上の事故が70%少ない。幸せだとミスも少ないのです。非常に強烈なインパクトがありますよね。

幸せには長続きしないものと、長続きするものがある

また、幸せは大きく2つに分けることができます。「長続きしない幸せ」と「長続きする幸せ」です。「長続きしない幸せ」とは、地位財を得たことによる幸せです。地位財とは「金銭欲」「物欲」「名誉欲」など。これらを満たすと幸福度は上がります。上がるけどすぐ下がる。長続きしないんですね。なぜかというと、金や地位を手に入れても、それに慣れてしまう効果と、もっと欲しくなってしまう効果、この二つの効果によって長続きしないのです。

もちろん、企業は利益を上げる、あるいは個人の給料を上げることは必要です。ただし、利益を得たり収入を得たりしても、それだけで幸せが長続きするものではありません。では、どうすればいいのか。「安全」「健康」「心の良い状態」、つまり精神的・身体的・社会的に良好な状態は長続きします。つまり、「Well-being」に気をつけながら働くことが大事なのです。

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私の研究によると、幸せには代表的な4つの因子があります。①自己実現と成長(やってみよう因子)。夢や目標を実現していく人は幸せを感じています。個人の心が成長すると強みを得ます。強みがある人はより一層、やりがいを感じます。主体性も大事です。反対にやらされている状態では幸福度が低いですよね。

②つながりと感謝(ありがとう因子)。縦横斜めのコミュニケーションで「信頼」「尊重」「尊敬」「承認」の関係を築き、「認められて働く」ことが非常に大切です。また、他人のために何かしたいという、利他の気持ちを持っている人は幸せです。反対に「客に売りつければいい」と思っている人は幸福度も低い。思いやりを持って働くことが重要です

③前向きと楽観(なんとかなる因子)。これはチャレンジ精神ですね。「ミスばっかりで駄目なんです」と自己肯定感が低い人や、心配性になりすぎる人は幸福度が低いです。「何とかなるぞ」というチャレンジ精神を持って働くことが大事ですね。力を合わせれば何とかなる、失敗してもまたくじけずにやり続ける。そのためには③の因子が必要なのです。

④独立と自分らしさ(ありのままに因子)。人と自分を比べすぎる人は幸福度が低い傾向があります。人と自分を比べずに自分軸を持つことが幸せに繋がるのです。

幸せと不幸せの7因子、あわせて14因子を分析して見えたこと

ここまで紹介した4つの因子は、「個人の幸せ」について調べたものです。「働く人の幸せ、不幸せ」の場合は、さらにいくつかの因子になるのではと考えました。幸せと不幸せの7因子、あわせて14因子を分析によって求めています。

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幸せと不幸せの両方がなぜあるのかというと、幸せの条件と不幸せの条件は反意語ではないからです。例えば、幸せの7つの因子を満たしていても、オーバーワークの人もいると思います。また、幸せの因子も不幸せの因子も満たしていない、生ぬるい職場も存在します。ですから、幸せと不幸せをあえて反意語と考えずに、別概念と捉えて因子を求めました。

それぞれの因子について簡単に説明します。「自己成長」は先ほどのやってみよう因子ですね。「リフレッシュできる環境」は言葉通りで、「他社貢献」はつながりの因子と関連しています。「役割認識」は自分の役割をポジティブに見出すことですね。「他者承認」は他者に認められていること。そのほか「チームワーク」がある職場で、「自己裁量」で働けることが幸福度に寄与します。

一方で、「自分なんて」と「自己抑圧」をかけている人は幸福度が低いです。会社の空間が嫌であるという「不快空間」、評価に不満がある「評価不備」、メンバーが非協力的で足を引っ張る「協働不全」、あとは「疎外感」ですね。ロンリネスであることは幸福度を下げる研究もあります。続いて、「理不尽」はハラスメントなど。「オーバーワーク」はヘトヘトな状態。これらが不幸せの因子です。

コロナ禍でコミュニケーションが阻害されてしまうと「チームワーク」や「他者貢献」の因子が弱まり、「疎外感」の因子を強めて幸福度が下がります。一方でテレワークによって通勤時間がなくなり、自分の時間をしっかり持って働けると幸福度が高まる可能性もあると思います。

テレワークが幸せ/不幸せに与える影響

GPTWと同じく私たちも、テレワークが幸せと不幸せに与える影響を分析しました。

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「在宅勤務」「サテライトオフィス勤務」「モバイルワーク」など、いろいろなテレワークをしている人たちが、幸せを実感しているかどうか調査しました。その結果、「在宅勤務」「モバイルワーク」「ワーケーション」は幸せに寄与しています。「在宅勤務」は不幸せを軽減する傾向もあります。「モバイルワーク」「ワーケーション」は不幸せな状態を改善しているわけではありませんが、「自己成長」「自己裁量」「リフレッシュ」に寄与していることがわかりました。テレワークで幸せを感じている人たちの生産性も上がっていますので、GPTWの研究結果とも整合性が高いと思います。

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テレワークが働く人の幸せと不幸せの因子にどう影響しているのかを年代別に分析しました。なんと20代は多少向上した人もいますが、悪化した人もいたのです。20代は「チームワーク」や「役割認識」「他者貢献」に悪化傾向が見られます。テレワークによりコミュニケーション不足になってしまった結果と言えそうです。

入社1年目や2年目で会社への帰属意識を感じられない、あるいは誰に何を質問していいのか分からない人もいると思います。オンライン会議に出ているけれど、上司の顔をリアルでは見たことがないとかですね。30代以降の方は人間関係ができていますし、阿吽の呼吸でコミュニケーションができる上、通勤の必要がなくなって幸福度が上がったと考えられます。

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不幸せの因子を見ていくと、こちらもポジティブな変化もネガティブな変化もありました。20代を見ると「自己抑圧」「オーバーワーク」「疎外感」が悪化しています。30代から50代を見たときも、30代は「自己抑圧」、40代は「オーバーワーク」「疎外感」が悪化し、50代は「オーバーワーク」が大きく悪化している結果となりました。60代は不幸せの因子が改善された結果となっています。

これは聞いた話ですが、50代の管理職の方が部下にどうやって仕事を分け与えていいか分からないので自分でやっているとおっしゃっていました。反対に仕事がないから家でのんびりしているという20代もいます。これに似たことがじわじわと起こっているのかもしれません。

テレワークの浸透により幸せも、業績も二極化していく

まだ今後も研究の余地があると思いますが、ここまで示したようにテレワークには良い効果、悪い効果の両方があります。さらに幸福と不幸の二極化の傾向も見られました。幸せになった人も不幸せになった人も増えて、中間層が減っているのです。テレワークによって幸せの二極化が進み、「生産性」「創造性」「会社の業績」も二極化が起きている可能性があります。

テレワークによって、コミュニケーション不足、安心安全な職場作り不足、あるいはオーバーワークや疎外感、自己抑圧を感じるなど、いろいろな要因も影響していることでしょう。幸せの二極化は、社会的に望ましくありません。不幸せは働きがいだけでなく、心の病や体の病などにも関係します。このマイナスになった層をどうするか。ポジティブになった層をいかにエンカレッジしていくか、これが必要だと思います。
そういうわけで、私は幸せ「Well-being」を媒介変数にしながらお話ししてきましたが、会社が「働きがある場所」、すなわち「Great Place to Work」なっていくことが非常に重要だと思っています。

前野 隆司氏

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

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