経営理念が浸透しないのはなぜか~経営層と社員での会社へ対する視点の違いから解説~

更新日 2023.10.192023.10.19コラム

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多くの企業が経営の根幹として掲げている経営理念。Great Place To Work®(以下、GPTW)が発表する働きがい認定企業では明確な経営理念が社員の自律性を高め、よいカルチャーを醸成しています。一方で、組織によっては、理念は存在しているものの形骸化し、現場には伝わり切れていないという悩みも聞きます。そこでこのコラムでは経営理念とはなにか、どのように組織に浸透していったらよいかについて考えます。

経営理念とは?企業理念との違いは?

「経営理念」とは、経営における基本的な考え方をまとめたもので、具体的には経営目標や方針、社員の行動規範などが当たります。ミッション・ビジョン・バリューという言葉もありますが、それらをまとめて経営理念ということもできるでしょう。

これに対し「企業理念」とは、“この会社は何のために存在するのか”といった組織の目的について述べたものです。創業者の想いや会社の社会的意義などが込められており、「経営理念」よりは上位におかれる概念ともいえるでしょう。

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経営理念が重要な理由

コロナ禍により多くの企業でリモートワークが続いた時期(調査時期2020年7月~2021年9月)に、GPTWでは自社社員の自律度合いについて、経営・人事向けにアンケートを行いました。その結果、働きがい認定企業では、「従業員の自律性はどの程度ですか」という質問に対して、「とても高い」(35.3%)、「ある程度高い」(61.8%)と感じている企業が合わせて全体の97.1%を占めました。またこうした高い自律性を発揮させるのに有効な施策として最も多い回答があったのは、「会社のミッション・ビジョン・バリューの共有と浸透」でした。リモートワークでは、通常、上司の管理や指示が細かくは及ばない状況が考えられますが、理念が正しく共有されていると個人が適切な判断ができ裁量をもって仕事を進めていくことが可能となるのでしょう。

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出典:2022年版 日本における「働きがいのある会社」ランキング 全体傾向レポート

このように働きがいの高い職場では積極的に活用されている経営理念ですが、組織運営にとって重要である理由として以下の3つが知られています。

  • 個人のモチベーションが高まる
  • 業務を進めていく上で判断基準が持てる
  • 職場の仲間と共通の目標が持てる

個人のモチベーションが高まる

世の中には多くの企業が存在しますが、人はどのような企業を働く場として選ぶのでしょうか。1つの理由に「経営理念に共感した会社で働きたい」ということが挙げられます。共感した理念を実現するために仕事をすること、そのこと自体がやりがいに繋がるのです。さらに、自分に与えられている仕事が理念の実現にどう関連しているか理解できていると、自分の仕事にも特別な意味を感じることができます。

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業務を進めていく上で判断基準が持てる

経営理念は、仕事を進めていく上であらゆる場面において判断のよりどころとなります。

特に社員が裁量をもって働く、自律的に動いていくことを期待する組織では、管理職の細かい指示を待つことなく自ら考え判断していくことが求められますが、迷ったり困ったりした際に立ち返るものは経営理念です。

職場の仲間と共通の目標が持てる

同じ経営理念に共感した仲間同士には一体感が生まれます。一人ひとりが持つ特性や将来へのキャリア志向、プライベートなどの個別事情は異なっていても多様な人が一つになれるのは同じ経営理念に向かっているからです。また同じ理念に共感しているということは価値観が似ているという側面もあり、お互いが協働しやすく、働きやすいとも考えられます。

なぜ経営理念は社員に伝わりづらいのか?

このように経営理念は組織に多くのメリットをもたらしますが、掲示されているだけでは意味がなく、それぞれの社員に受け入れられ日常の職場活動の中で実践されることが大切です。「経営理念は経営についての会社の考え方」と先にお伝えした通り、起点は経営トップなので組織のメンバーに伝えていく活動が欠かせません。経営理念が組織の隅々まで行き渡り全員の価値観として根付くなら、それはカルチャーの一部ともいえます。

しかしながら、組織への浸透プロセスは容易ではなく、実際のところ、経営理念が形骸化し職場で受け入れられていないことも多いのです。例えば、GPTWの調査でも経営理念に関する社員の実感値は、働きがい認定企業(GPTW調査において一定水準を満たしている企業)と不認定企業では大きなギャップが見られます。

「経営・管理者層は、会社のビジョンとその実現プロセスを明確にしている」
認定企業と不認定企業比較

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経営理念が社員にうまく伝わらないのはなぜなのでしょう。理由としては以下の3つが考えられます。

  • 経営層によるコミットメントが足りない
  • 経営理念が意味する具体的な行動の共有が十分でない
  • 日々の職場の中で実践される仕組みが不足している

経営層によるコミットメントが足りない

あまり望ましくありませんが、そもそも経営層が経営理念とは異なる行動をしている場合には職場に浸透しにくいと考えられます。先にも述べたように、経営理念とは経営層の経営に対する信念のようなものですので、経営層が率先して体現していることが求められます。

経営層の中にはコミットしていないわけではないというご意見もあるでしょう。それなのになぜ社員との認識に不一致が生じてしまうのか、その原因の一つに、経営層と社員には、視点の違いがあることが考えられます。
経営者は10年先、経営幹部は3~5年先といった中長期を見据えて行動していると言われており、それに対して一般社員は、役割によっても違いはありますが、目の前の業務をこなすことに精一杯であり、たいてい1か月程度の短期的視点で会社を捉える傾向があると言われています。見ている視界や視座が異なるため、使う言葉やその意味するところが微妙に異なり思わぬところで認識の違いが生まれてしまうことがあるのです。

経営層と社員の視点の違い

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また特に経営層と社員は組織の規模にもよりますが、日ごろ近い距離にあると言えない場合もあるので、こうしたギャップは通常のコミュニケーションだけではなかなか埋まりにくいという側面もあります。特に日本企業は経営トップと社員の距離が、海外企業より遠く感じられやすいと言われています。例えば、GPTW調査の日米比較をすると、大規模企業の場合、「経営・管理者層は近づきやすく気軽に話せる」という、マネジメントと社員の距離を問う設問が、最もギャップの大きい(日本の方が低い)トップ3に入りました。

GPTW調査における日米ギャップの大きい設問トップ5

column_231019_04.png※日本が大きく下回っているものの順に表示

経営理念が意味する具体的な行動の共有が十分でない

次に経営理念が伝わらない理由として、具体的な体験不足が指摘されます。経営理念はたいてい抽象的な言葉でまとめられていることが多いので、自分の仕事と照らし合わせてなにをすることが経営理念を体現することなのか、イメージできる、あるいは実際に行動できることが大切です。行動指針やクレドが存在し理念が意味するところを具体的に説明している企業は限定的です。

日々の職場の中で実践される仕組みが不足している

毎日の忙しい業務の中で、経営理念を意識する人はそれほど多くはありません。理念の研修や語り合う場があったとしても、やはりその場限りで終わってしまうこともあるでしょう。日々の仕事の中で朝礼や定例会議を通じて頻度高く触れる機会を増やしたり、経営理念に紐づいた行動が表彰されたりするなど、楽しい感情と結びつくような仕組みがあると理想です。

経営層が理念を体現しているか、自社の組織のメンバーにどれくらい理解されているかについては、定期的に見える化(数値化)することも大切です。エンゲージメントサーベイでは、社員の実感値を尋ねる設問が組み込まれていますので、現在の状況を把握することが可能です。

関連記事:エンゲージメントサーベイとは?種類と特徴、実施の流れをご紹介

経営理念を組織に浸透させるにはどうしたらよいか

では、経営理念を組織に浸透していくにはどのようにしたらよいのでしょうか。会社として意図的な仕掛けをつくることが必要です。過去のコラムで、経営理念の浸透プロセスには、「認識する」⇒「納得・共感する」⇒「行動に反映する」の3つのフェーズがあるとお伝えしました。今回はそれぞれのフェーズにおけるポイントを働きがい認定企業の実践的な取り組みを参考にもう少し詳しく紹介します。

関連記事:ミッション、ビジョン、バリューとは?違いや組織浸透について解説

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「認識する」フェーズ

「認識する」とは、まず組織のメンバーが経営理念を覚えたり、象徴するような事例を知っていたりするレベルを意味します。そのためには、下記のポイントが大切です。

わかりやすい言葉で表現されている

まず大切なのは経営理念に盛り込まれる言葉は、社員にとってわかりやすいことです。曖昧な表現になってしまうのは、やむをえない部分もありますが、言葉自体が難解な表現であると身近なものには感じられません。経営理念は企業理念とは異なり変更することが可能ですので、もし長い歴史の中でふさわしい表現になっていない場合には見直してみるのもよいかもしれません。働きがい認定企業では、新しい中期計画の発表やビジネスモデルを大きく変革するような時期をとらえて、経営理念を作り直したり、表現をわかりやすく変更したりする例があります。

ストーリーが用意されている

経営理念の意味する内容が、実際の行動として体現されている感動的なストーリーがあるとイメージしやすくなります。働きがい認定企業では、複数のストーリーを冊子にまとめ社員に配布している例があります。

納得・共感するフェーズ

「納得・共感する」とは、自分の言葉で表現でき、自分なりの解釈を行うことができるレベルです。これは一人では習得できず、研修や全社会議といった機会を通じて、他者と意見交換したり、フィードバックを受けたりするプロセスの中で確認することができます。会議の実施・運営においては下記のポイントが大切です。

多様な社員とのインタラクティブな場がある

入社時の研修や全社員が集まる会議において経営理念を扱い、参加者同士がディスカッションをします。経営・管理者層と一般社員のタテのコミュニケーションだけでなく、年齢や性別などの異なる仲間などと、ヨコでも意見交換すると新たな気づきが生まれます。

実際に体験する機会がある

経営理念を頭で理解するだけでは実際の行動には結びつきません。自分なりの解釈ができるためには、理念を自ら体験することが早道です。働きがい認定企業では、採用者の見極めや入社者の歓迎においても会社の大事にしたい価値観を反映させています。例えば、経営理念で「他者とつながる・高め合う」を掲げる企業では、入社初日はあらゆる部門の人と挨拶できる時間を設けるなど、一般社員であってもそれらの活動に関わることで経営理念の意味するところを体験することができます。

行動に反映するフェーズ

「行動に反映する」とは、実際に自らの職務において必要な際に適切な行動ができるレベルを意味します。こうした行動を促進するには下記のポイントが大切です。

表彰する場がある

経営理念に照らして模範となるような仕事ぶりや仲間への支援について会社として称賛したり、感謝したりすることは社員を勇気づけます。働きがい認定企業でも表彰状の中に具体的な言葉に落としたり、あるいは表彰名に理念の体現者という意味合いを持たせていたりする例があります。

評価時に上司と振り返る

定期的に職場でのふるまいについて上司と話す機会を設けたり、同僚からのサーベイをとったりして、振り返る機会があると行動に結びつきやすくなります。

経営理念浸透に成功した企業事例

最後にGPTWが発表している働きがい認定企業が、経営理念の浸透に向けて行っている施策をいくつかご紹介します。

日常的に社員に経営理念を意識させる工夫とは

広島県に本社を置く株式会社ミクセルの島代表は、“経営理念が浸透するまで10年以上かかる”とおっしゃっています。経営理念を掲げた当初は共感しない社員の退職もあったようですが、トップが粘り強く大事な考え方を伝え理解してもらう取り組みを続けられました。社員からの共感を得るプロセスは簡単でないことが想像されます。この会社では、社員に経営理念を意識してもらう取り組みとして「日替わり社長」を行っています。文字通り社長に代わって社員が朝礼で経営理念を意識したスピーチを行っています。

関連記事:株式会社ミクセル

組織の拡大時に経営理念を伝承する方法とは

日本ストライカー株式会社の水澤社長は、従業員数が増える中でも組織の一体感が強まっている実感があるそうです。それを支える秘訣の一つが、全社員が目指すビジョンをさまざまな方法で発信し続けていることがあります。毎月のニュースレターでも必ずビジョンについて語られています。大切なメッセージがトップから徹底的に繰り返し語られると、事業部長が語り始め、さらに管理職も高い意識を持つようになったそうです。このように一貫したメッセージを発信することを通じて、事業部を超えた協力体制も構築しやすくなり、組織が大きくなっても職場のカルチャーは伝承されていくのでしょう。

関連記事:日本ストライカー株式会社

有事にこそ意味をもつ企業理念の意味とは

ウェディング事業大手の株式会社テイクアンドギヴ・ニーズの岩瀬代表は、コロナ禍の経営において困難な舵取りに直面されました。難しい判断を迫られる場面でいつも傍にあったのが、「人の心を、人生を豊かにする」(現在は「あそびごころとやさしさで、人の心を人生を豊かにする」に変更)という企業理念です。厳しい状況の中でも、社員は前向きにやるべきことを考え自発的に行動を起こしました。企業理念が日頃から社員の基本的な価値観として定着していると、有事にこそ新たな価値を生む原動力になりうることがよくわかります。

関連記事:株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ

まとめ

いかがでしたでしょうか。

ぜひ本コラムで取り上げたポイントを参考に貴社の経営理念を働きがいのある職場づくりに活かしてみてください。

エンゲージメントサーベイの活用は、経営理念の浸透度合いを数値化して客観的に状態を測るばかりでなく、理念浸透活動を行っている場合にはうまく機能しているかの振り返りを行うデータとしても有効です。

Great Place To Work(R) Institute Japan シニアコンサルタント 今野 敦子

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名古屋大学大学院経済学研究科(経営管理学)修了。フランス国立ボンゼショセ工科大学MBAコース取得。
外資系航空会社、医療系商社の人事部を経て、リクルートマネジメントソリューションズに入社。人事領域において、採用・制度設計・人材育成など一連の業務に携わる。
2009年GPTWジャパン設立メンバーとして、事業立ち上げに参画。働きがいのある職場を目指す多くの企業などに調査分析、経営層への提言と支援を行う。

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